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五部「交易都市編」第四幕「四人の距離とそれぞれの選択 179 言いかけた言葉

言葉を選んでいる沈黙は、賛成と同じではない。敬意を持ちながら反対することもできる。

挿絵(By みてみん)

ジュリアは自分の机で、エリゼーに見せたい記録を二度読み返した。

都市で話を聞いた人についての、ごく短い覚えだった。

本人の名を出さずにまとめてあり、内容にも特別な秘密はない。

それでも、誰に見せるための文章なのかを考えると、筆が止まった。


エリゼーが来たのは、昼を少し過ぎてからだった。

「読ませてもらっていい?」

「ここまでなら」

ジュリアは線を引いた場所を示した。

読み終えたエリゼーは、少し考えて言った。

「この人に、もう一度会って確認することはできないかしら」

「今すぐに、ですか」

「今すぐとは言わない。でも、間違って伝えないためには」


ジュリアは答えかけ、口を閉じた。

それが慎重な記録者の姿に見えるなら、都合がよい。

本当は、自分の聞き取り方を評価されたことが悔しかった。

もう一度確認するという提案には、筋が通っている。

けれど、筋が通っていれば相手の時間をもう一度使ってよいのだろうか。


「その人は、最初に話してくれたとき、少し急いでいたんです」とジュリアは言った。

「なら、なおさら確かめた方が」

「急いでいたのは、話が曖昧だからとは限りません」

エリゼーの眉がわずかに動く。

「そうね」

いつもの短い返事が来た。

その先に続きを待っている気配があり、ジュリアは不意に疲れた。


「あなたは慎重に書こうとしている」とエリゼーが言った。

「でも、慎重に書くなら確かめた方がいい、とも思うの」

「分かります」

「何か違う?」

尋ねられるまで、自分から違うと言えない。

その癖こそ、ジュリアがここで手放そうとしていたものだった。


「違います」

声が思ったより大きくなり、廊下を通る足音が一瞬止まった。

ジュリアは顔を赤くしたが、続けた。

「確認を求めることが、いつも慎重さになるとは思いません。最初に話してくれた人が、同じ話をもう一度する義務はないでしょう」

「もちろん義務はないわ」

「だったら、私の文章を保留にすればいい。もう一度聞きに行く以外の方法もあると思います」


エリゼーは紙を机へ戻した。

「私は、聞き直す選択肢を出しただけよ」

その言葉は正しかった。

選択肢と命令は違う。

けれど、エリゼーが選択肢を出すと、ジュリアはそれを採用しなければ仕事が不十分になるように感じてしまう。

それが相手のせいなのか、自分の長い習慣なのかを、いま決められなかった。


「あなたが提案すると、私は反対しにくいんです」

言った瞬間、ジュリアは後悔した。

年齢や経験を持ち出して相手を黙らせるつもりはなかった。

しかしエリゼーは顔を伏せ、「そうでしょうね」と言った。

「私は、あなたが自分で決めていると知っているつもりで、言葉の重さだけ置いていったのかもしれない」


ジュリアは首を振りかけ、やめた。

すぐに慰めれば、今の反論まで取り消したことになる。

「提案をしてほしくないわけではありません」と言った。

「なら、どうしてほしい?」

「私が違うと思ったとき、それを言うまで待ってほしい。でも、待っていると分かる顔もしないでほしい」

口にしてから、無理な注文だと気づいた。

エリゼーも少し笑った。

「難しいわね」

「はい」


机に置かれた紙は、まだ完成していない。

ジュリアは一行の横に小さく印を付けた。

「本人の再確認は未実施」。

それを読んでエリゼーは、今度は何も言わなかった。

ジュリアは安堵した。

けれど、沈黙が続くと、反対意見さえ聞きたくなった。

誰かと考えるというのは、こんなに都合の悪い仕事なのか。


「私はその印を残します」とジュリアは言った。

「そうね」

「でも、相手の都合を確認できる機会があれば、また考えます」

「それは、あなたが決めることだわ」

ジュリアはようやく頷けた。

その返事もまた、認められて嬉しい自分を消しはしなかった。


夕暮れが近づくと、エリゼーは立ち上がった。

戸口で振り返り、「反対してくれてありがとう」と言いかけたが、言わなかった。

ジュリアには、それが口元の小さな動きで分かった。

礼を言われれば、また相手のために反論したことになってしまう。

エリゼーも同じことを考えたのかもしれない。


一人になった机で、ジュリアは本文の一語を直した。

自分の言葉を守ったからこそ、他人に聞いた言葉も慎重に扱える。

そう書きたくなったが、その結論は手帳には残さなかった。

まだ、その通りに働けるかどうかを知らないからだった。

ジュリアがエリゼーへ敬意を持ちながら明確に反論する章です。聞き直す権利と相手が話す義務は別であり、記録の扱いは保留のままにします。


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