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第五部「交易都市編」第四幕「四人の距離とそれぞれの選択」 171 同じ旅舎の別の夜

同じ屋根の下にいても、人が夜を越える仕方は同じではない。

挿絵(By みてみん)

石楔旅舎の食堂で最後の椅子が引かれたとき、エリゼーはまだ白湯の残った杯を両手で包んでいた。


シメオンが窓の留め金を確かめ、壁際の灯りを一つ消す。


眠る前の建物は、不思議に広く感じられる。

昼間には誰もが知っているように見えた階段の段数さえ、夜になると足で数え直さなければならなかった。


ジュリアは先に部屋へ戻っていた。

机に置いた紙を一枚残し、それ以外をしまったのだと、夕食の席で言っていた。


「今夜は続きを書きません」と口にしたとき、笑っているのに少し怒ったような顔をしていた。

誰に向けた怒りなのか、エリゼーには分からなかった。

それが自分ではないと信じたい気持ちだけがあった。


ハインツは階段の下で立ち止まり、右腕で手すりに触れかけて、左手に替えた。

避けたのか、癖になったのか。


エリゼーは以前なら迷わず尋ねただろう。

今は言葉を用意しながら、そのどれも相手の体へ先に入り込むようで口を閉じた。


「まだ起きているの?」

エリゼーがそう言うと

ハインツが振り返った。


「もう少し」

といい、彼はそれ以上答えなかった。


上がっていく背中が階段の折れ目で見えなくなるまで、エリゼーは自分が何かを期待していたことを認められなかった。

返してほしかったのか、一人にしてほしかったのか。

両方だったのかもしれない。


ヘルマンは戸口の小卓で、明日の用件を書いた細い紙を折っていた。

道順を確かめるための覚え書だったが、今夜は書き足すたびに何かを消していた。


「港の方へ行くの?」とエリゼーが尋ねると、「まだ、行ける道を知っておきたいだけだよ」と言った。


その答えの短さに、彼女は少し安心した。

旅先では行き先を問うことが、そのまま別れを問うことになる夜もある。


ヘルマンは紙を畳んだ。

「昔、道を間違えた人に、すぐ次の道を教えたことがあった。まだどこへ行きたいか聞いていないのに」


「あなたにもそういうことがあるのね」

「いつもだよ。慣れた顔で歩いているだけさ」

笑い方の奥には、まだ続きがありそうだったが、エリゼーは聞かなかった。


彼には故郷で待たせた言葉がある。

けれど、それを今ここで呼び起こす権利は彼女にはなかった。


二階の廊下へ戻ると、ジュリアの部屋の戸の下から小さな明かりが洩れていた。

書かないと言ったのに、と一瞬思う。


続けて、灯りがついていることと筆を動かすことは別だ、と自分の早さに気づいた。

戸を叩いて確かめれば、ジュリアは説明してくれるだろう。

説明させてしまうことも、できるだろう。


その明かりの向こうで、ジュリアは本当に何も書いていなかった。


机に肘を置き、旅舎の外を歩く人の声を聞いていた。

エリゼーに見せなかった下書きは畳まれたまま、端にある。

見せないと決めたことより、見せたくなる自分が消えないことに腹を立てていた。


誰かが「よく判断した」と言えば、またその言葉へ寄りかかってしまうだろう。


褒められずに働ける人間になりたいのか。

それとも、褒めてほしい相手を自分で選びたいだけなのか。


廊下の反対側では、ハインツが寝台に腰掛けていた。

上着を脱ぎ、右腕の袖を引き抜くときだけ肩の動きがぎこちなくなる。


痛みの強さを覚えようとして、途中でやめた。

誰にも言わないままでいることを自立だと呼び、誰かに尋ねられることを束縛だと呼ぶ。


そのどちらも簡単すぎる。

エリゼーが手を伸ばしかけて止めた顔が浮かび、彼はなぜか苛立った。


差し出されない手にも、受け取るかどうかを迫られることがある。


下の小卓ではヘルマンがもう一度紙を開き、地図にない余白を指でなぞっていた。


どの道も誰かの日常の間を通る。

案内すると言いながら、人の暮らしの道筋を借りているのだと、都市へ来てから幾度も思った。


彼は紙を鞄へ戻し、明日の自分が答えを持っているとは考えないことにした。


エリゼーは部屋の窓を細く開けた。


市の夜は教会の廊下の静けさとは違い、見知らぬ人の生活が遠くで続いている音を含んでいる。


四人の名を思い浮かべる。

隣の部屋にいることまでは確かだが、それ以上は確かめられない。


朝までに誰かと話さなければ、と焦る気持ちはなかった。


ただ、ハインツが階段を上がるとき、追わなかった自分の足がまだ戸口に残っているようだった。


人を自由にするため黙ったことが、必ず相手を楽にするとは限らない。

その難しさを、今夜の自分の寂しさと取り替えないでいたかった。


灯りを消すと、廊下の向こうで戸が一つ静かに閉じる音がした。

誰の部屋かは分からなかった。

エリゼーは心の中でも確かめず、戸が閉じる音だけをその夜の最後の出来事として受け取った。

第三幕の記録をめぐる判断から、第四幕では四人それぞれの親密さと孤独へ焦点を移します。同じ夜を過ごしても、互いの内側まで共有しているわけではありません。


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