第五部「交易都市編」第3幕 164 秘密と虚偽のあいだ
言わなかったことにも、理由がある。理由があるからといって、言わなかった人がいつも正しいわけではない。
夕方、エリゼーとジュリアは旅舎の裏手へ出た。
共同井戸のそばでは、洗い終えた布が風に揺れている。
二人は特別な用事もなくそこへ来たのに、足を止める場所だけは同じだった。
「何も言わなかったら、誤解をそのままにすることになりますか」
ジュリアの問いは、昼の紙から続いているのだろう。
「どんな誤解かによるわ」とエリゼーは答えた。
「私がある人の証言を読んだと、誰かが思い込んだら。違うとは言える。でも、読めない事情まで説明しないと、疑われるかもしれない」
「あなたが読んでいないことを、読んだと書かれるのは困るわね」
「では、読めない理由を説明しないのは?」
エリゼーは、布の端から落ちる水滴を見つめた。
井戸の横で、桶を洗う人が水を捨てていた。
少しこぼれても責められないほどありふれた動作を、エリゼーはぼんやり見つめた。
聞いたことを話すのと、話してよいことを話すのでは、桶の水のようには分けられないのだろうか。
ジュリアはすぐそばで返事を待っている。
エリゼーは、黙った時間が長くなるほど、相手を不安にさせると分かっていた。
それでも急げば、以前と同じように、自分を守るための言葉を選んでしまう。
「少し待って」と言うと、ジュリアは初めて、はっきり頷いた。
待ってくれるという答えを受け取ってなお、エリゼーは待たせていることを申し訳なく感じた。
書かれたものと書かなかったものの違いを、誰より厳しく数えたつもりでいた。
書かれていないことには意図がある、と疑った夜もある。
けれど、意図があることと、欺いたことが同じなのかは、今も分からない。
「話せない理由を持つ人がいる。それは知っているつもりよ」
「でも、話さなかったために他の人が傷ついたら?」
ジュリアは遠慮しなかった。
エリゼーはその顔を見て、今この子を黙らせようとした自分に気づいた。
「私にも答えはないわ」と言った。
ジュリアはすぐに頷かなかった。
答えがないと言えば、議論が終わると思われたくないのかもしれない。
ジュリアは「答えがなくても、誰が困るかは考えられます」と言う。
「そうね。黙ることが誰かを守る日もあれば、守ると言いながら、自分の立場を守っているだけの日もある」
言い終えてから、エリゼーの喉に、古い家の匂いが戻った。
エランと暮らしていた頃、相手の沈黙を不誠実さと決めつけたことがあった。
話してくれれば分かる、話さないから分からないのだと、何度も口にした。
その言葉は、理解を求める形をしていたが、実際には相手に説明を強いる力を持っていた。
あの時の自分に事情がなかったとは思わない
。傷ついていたことも、言えなかったこともある。
だからといって、相手の言葉を急がせたことが消えるわけではない。
「エリゼー?」
ジュリアが呼んだ。
気遣う声だったが、踏み込んで来なかった。
「昔、話すことを正しさの証明に使ったことがあるの」
「誰に?」
エリゼーは少し考えて、答えた。
「今は、それを話す準備がないわ。そういう相手によ」
自分の口から出た返事の頼りなさに、胸の内側が痛んだ。
許しを求めているように聞こえないだろうか。
ジュリアは短く息を吸った。
「その人のことは聞きません。でも、あなたのしたことを考えるのをやめたくはないです」
エリゼーは驚いて彼女を見た。
慰めでも、責めでもない言葉を受け取るのは難しい。
「やめないで」と答えた。
夕暮れが深まり、井戸へ別の人が来た。
二人は場所を譲った。
街では誰も、ここで話されたことを知る必要がない。
「秘密にしていいことと、嘘をついていいことは、別なのでしょうね」とジュリアが言う。
「たぶん。けれど、どちらなのかを他人がすぐ決められるわけでもない」
「じゃあ、間違えますね」
「間違えると思う」
二人はしばらく歩き、角を曲がる前に別々の方向を見た。
エリゼーは、自分が語らないことで守ろうとしているものの中に、まだ自分の体面が混じっているかもしれないと思った。
それを認めたからといって、今日すべてを話せるわけではない。
彼女はジュリアの隣で、黙ったまま歩いた。
沈黙が今、何を守っているのか。決めていないことを、決めていないままにする歩幅だった。
沈黙を無条件に正当化するのではなく、強制された告白もまた人を傷つけることを描きました。エランとの関係に結論を与えず、二人の議論を残します。




