第五部「交易都市編」 第二幕 働く人々と責任の行 160 終わらない仕事
扉が閉じたままでも、人は翌日の仕事へ向かう。四人は解決しない風景を置き去りにせず、そこから次へ歩き出そうとする。
何かを終えたと呼ぶのに相応しい夕方など、この町には用意されていなかった。
エリゼーは、旧市修繕区の入口でそう思った。
客は歩き、職人は品物を運び、閉じた作業場の扉は今日も閉じている。
通りの角では、誰かが明日の仕事の順番を確かめていた。
旅人が何かを学んだからといって、働く人の一日が終わるわけではない。
四人は、エルンストに礼を言うために立ち寄った。
「長いこと、邪魔をしました」とヘルマンが言った。
「邪魔だったら、そう言いますよ」と年配の職人が返した。
フィンは新しく書いた確認の紙を、屋根の下の作業台へ置いている。
客が来たらその人と話しながら確かめるのだろう。
前に比べて仕事の量が増えたかどうか、エリゼーには分からない。
増えたと決めつけるのは、自分たちの訪問に意味があったと思いたいからかもしれない。
「閉じたままなんですね」とハインツが言った。
エルンストは頷いた。
「確かめるべきことが、まだ残っています」
「それを、いつまで待てるかは分からない」
「ええ。いつまで、と言われるのが一番つらい」
二人はそれ以上話さなかった。
ハインツの右腕についても、職人の過去についても、ここで答える必要はない。
ただ、自分にできると思うことが、今はできない日がある。
その悔しさを、わずかに共有したようだった。
ジュリアは、フィンの机の前で立ち止まった。
「この紙、増えましたね」
「聞かなきゃならないことが増えたんです」
「それは、仕事が減ったことにはなりませんね」
フィンは少し考えた。
「減った仕事もあるけど、残っている仕事もあります」
ジュリアは頷いた。
誰かが一つの言葉で片付けようとしたものの中に、複数の事実がある。
そのことを、彼女はこの町で何度も学んだ。
四人が離れようとすると、フィンが小走りで追ってきた。
差し出したのは、小さな紙片だった。
「これは、お渡しするものじゃありません」と言う。
「俺が忘れないように書いたんです。昨日、できると思ったのに、今日はまだ分からないこと」
ハインツが笑った。
「見せない紙を見せに来たの?」
「そうかもしれません。でも、誰かに一度、書いたことを言いたかった」
紙に何が書かれているのか、四人は尋ねなかった。
フィンは自分で読み上げもしない。
その一瞬のぎこちなさに、エリゼーは若い人の仕事を奪わずに見守る難しさを感じた。
「続けてください」とジュリアが言う。
フィンは頷き、紙を懐へしまった。「あなたも」と彼女へ返す。
その短い言葉が、ジュリアの頬をわずかに赤くした。
彼女は教えたつもりがなかったし、励まされたつもりもなかった。
互いの仕事を知らないまま、続けてよいと言える。
そのことが、不思議に心強かった。
旧市の角を曲がると、扉は見えなくなった。
見えなくなったから、問題が終わったわけではない。
エリゼーはそれを確かめるように、ゆっくり歩いた。
帰り道、ヘルマンが「この先、どこへ行こうか」と尋ねた。
「まだ決めなくていいかしら」とエリゼーは言った。
市場で見聞きした話は、どれも手帳に残しきれない。
祈りを仕事にする者が断る一日。荷を運ぶ者が援助を断る理由。
閉じた扉を開けない職人の苦しさ。書類を整える者の迷い。
それらを「町の働き方」とひとまとめにしたら、また何かが失われる。
「知りたいことが増えただけみたいだ」とハインツが笑った。
「それでいいのかもしれない」とヘルマンが言う。
彼の言葉に、今度はジュリアが首を振った。
「知りたいことが増えたら、責任も増えると思います」
四人は立ち止まった。
彼女の声は静かだった。
見たことを勝手に解釈しないこと
。聞いたことを誰にでも話さないこと。
手帳に残すと決めたことが、後から誰かを困らせるかもしれないと考えること。
「では、次は書くことの話になるのね」とエリゼーが言った。
ジュリアは少し驚いたように彼女を見た。
「あなたと話したいことがあります。でも、今日でなくても」
「分かったわ。私にもある」
旧市の方角から短い槌の音が聞こえてきた。
閉じている区域の内側ではない、別の作業台の音だ。
音が止まり、しばらくしてまた響く。
その途切れ方が、休むこととやめることの違いのように感じられた
。
エリゼーは、解決したという言葉を使わずに今日を終えたかった。
誰かが引き受けた未完了の仕事を、自分が物語としてきれいに終わらせてしまうのは違う。
四人は石楔旅舎への道を歩いた。
ヘルマンの歩く速さに、ジュリアが少し遅れて続き、ハインツが横へ寄り、エリゼーがその間を歩く。
歩調が揃わないことに、誰も不満を言わなかった。
通りの向こうで市場の灯がともり始める。
別々の仕事を終えた人が、別々の家へ帰る。
エリゼーたちがここにいてもいなくても、明日は来る。
その当たり前のことが、今日ほどはっきり感じられた日はなかった。
宿に着く前にジュリアが言った。
「明日、記録について聞きたい人がいるんです」
「一緒に行く?」とエリゼーが問う。
「まず、私が何を聞きたいのか整理してから」
エリゼーは頷いた。
答えを渡さないことが、彼女への信頼になる日がある。
四人の間に短い沈黙が生まれたが、誰もそれを埋めようとしなかった。
旧市の扉は、明日も閉じているかもしれない。
だからといって、ここで見た時間が止まってしまったわけではない。
エリゼーはそのことを、まだ書かない一行として胸の中へ置いた。
第二幕は、閉鎖区域の再開でも問題の全面解決でもなく、「未完了の責任を引き受けること」で結びます。第三幕では、見聞きしたことを誰がどのように記録できるかへ問いが移ります。




