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第五部「交易都市編」 第二幕 働く人々と責任の行方 155 持ち替える荷

手を貸そうとしたのに断られると、人は何を失った気持ちになるのだろう。

ハインツは、助けを申し出る側にもある身勝手さに触れる。

 白潮河岸の道で、ラフィが荷を持ち替えていた。

 左肩から右肩へ。

わずかな動きだったが、荷の重さはその前後で変わらない。

ハインツは反射的に歩み寄り、「少し持とうか」と声を掛けた。


 ラフィは立ち止まり、相手の顔を見た。

「ありがとう。でも、仕事なので」

 断り方は丁寧だった。


ハインツは一歩引き、なぜだか頬が熱くなるのを感じた。

「悪かった。邪魔をするつもりはなかった」

「そういう意味じゃありません」


 ラフィは荷を置ける場所まで運んでから戻ってきた。

「頼まれて運んでいるものを、知らない人へ渡したら、あとで誰が責任を取るんですか」

 ハインツは言葉を失った。


自分が手伝えば相手が楽になる。

その先を考えていなかった。

「僕は君の腕がつらそうに見えて」

「つらいこともあります。でも、誰が運ぶかまで含めて、私は仕事を選んだんです」

 ラフィはそう言ってから、少し気まずそうに笑った。


「もちろん、無理なら断ることもあります。今日の分をやっているだけです」

 ハインツは、自分の右腕へ目を落とした。


ひとりでできると思うことを人に止められ、腹を立てた朝がある。

目の前の男に、似たことをしてしまったのかもしれない。


「君が助けを求めたら、聞けばいいんだね」

「そのとき近くにいれば、お願いします」

 答えはあっさりしていた。

ラフィは責めていなかった。

責められていないことが、かえってハインツには恥ずかしかった。


 ラフィが次の荷を取りに来るまで、少しの空き時間があった。

ハインツは仕事の邪魔にならない場所で話を続けた。


「助けたいと言われて、うれしい日はない?」

「ありますよ。ひどく疲れた日なんか。でも、誰に何を頼めるか考えているうちに、助けてもらうことが大仕事になる日もある」


「それなら、無理に頼まなくても」

「そう。断る自由も、頼む自由も欲しいんです」

 ラフィは笑った。「欲張りでしょう」

「僕も、同じくらい欲張りだよ」

 ハインツが答えると、相手は意外そうな顔をした。


自分の腕のことを詳しく話すつもりはなかったが、助けられて悔しかった経験があるとだけ伝えた。


「それは、困りましたね」とラフィは言った。

「何が?」

「助けた人に礼を言いながら、腹を立てるのは忙しいでしょう」

 ハインツは思わず声を出して笑った。


自分の中の矛盾を、初めてそんなふうに言われた。

重さを減らすわけではないが、抱えているものの形が見えた気がした。


「次は、手伝おうかじゃなくて、困っていることがあるか聞くよ」

「それも、私が答える前に決めないでくださいね」

 ラフィの返事に、また笑いが生まれた。

二人は約束を交わさず別れた。それで十分だった。


 エリゼーの隣を歩きながら、ハインツは自分がラフィの言葉に笑えたことを思い返した。

自分より若い人に、暮らし方を教えられた気がしても、悔しくなかった。

いや、少しは悔しかった。

しかし、その悔しさを隠す必要がないなら、年齢も経験も、誰かを見下ろすためのものではなくなるのかもしれない。

エリゼーには話さなかった。そのうち、言いたくなったら話せばいい。


 道の向こうからエリゼーが来た。

状況を知らない彼女は、二人が立ち話をしていると思ったらしく、少し離れた場所で待っている。


「君は、人に助けられるのが嫌い?」

とハインツが近づいてきて尋ねた。

「嫌いじゃありません。ただ、仕事をしている私を、かわいそうな人と決めないでほしい」

 その声には、長く言わずに来た言葉を一度だけ言う硬さがあった。

 ハインツはうなずいた。

「そうだね。ごめん」

「謝るより、次にまた話しかけてください。仕事が終わってからなら」

 ラフィはそう言って荷の置き場所へ戻った。

足取りは軽く見えなかった。

それでも、運ぶ先を決めているのは彼自身だった。


 エリゼーが近づいてきた。

「何かあった?」

「助けようとしたら、手を出さなくていいと言われた」


「あなたは、何と答えたの」

「最初は腹が立った。口には出さなかったけど」

 エリゼーは少し驚いた。

「正しいことをしたと思ったのね」

「そう。嫌になるよ」

「私も、あなたに似たことをしたかもしれない」


 ハインツは笑った。

「似ているけれど、同じでもないね」

 エリゼーはすぐには頷かなかった。

その違いを考える時間が必要なのだろう。


 宿へ向かう途中、ハインツは持っていた小さな包みを左手へ替えた。

右腕を気遣ってではなく、たまたまその方が歩きやすかったからだ、と自分に言い聞かせた。

だが、ほんとうは腕のことを気にしていた。

気にしている自分まで認めるのが、今日の彼にはまだ難しい。


「持とうか」とエリゼーは尋ねなかった。

 それをありがたいと思った途端、少し寂しくなった。

自分が欲しいのは、助けてもらわない自由なのか。

それとも、いつでも助けてもらえると思える安心なのか。


 答えが出る前に宿が見えた。ハインツは包みを自分で持ち上げ直し、彼女と並んで中へ入った。

ラフィは自分の仕事に責任を持つ一人の労働者です。

善意を否定せず、善意が他者の選択を奪うこともあると示しました。ハインツ自身の矛盾を残します。

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