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第五部「交易都市編」 第二幕 働く人々と責任の行方 154 扉の外の注文

閉じた仕事場にも、できる仕事は残っている。

フィンは、師の決断を守ることと、自分の手を遊ばせないことの間で別の道を探す。

 旧市の路地へ雨が降った翌朝、フィンは屋根の下へ小さな作業台を移した。


 閉鎖区域から道具を持ち出すのではない。

以前から使っている簡単な工具と、客が持ち込んだ品物だけを置く。

危ない場所を使わずにできることには限りがあり、その限りを客へ伝える言葉を、彼は一つずつ覚えていた。


 最初に来たのは、籠の留め具を直してほしいという老女だった。

思い出したように「いつもの大きな工房ではないのね」と言う。


「使えない場所があるので、こちらでできる仕事だけです」

「不便になったねえ」

「ええ」


 謝りそうになったが、やめた。困っていることを認めるのと、自分が悪いと引き受けるのは違う。

 老女は籠を置き、離れようとして振り返った。

「できなければ、できないと言ってくれればいいよ。待っている間にほかを探すから」

 フィンはその言葉をありがたく思った。


同時に、できないと言えば別の職人を探される現実が、胸に刺さった。


 昼前、ハインツが通りかかった。

今日は荷をほとんど持っていなかった。

フィンは余計な質問をせず、作業台の上にある品物を指した。


「この程度の仕事なら、ここでできるんです」

「自分で場所を作ったんだね」

「親方にも聞きました。できることだけにしています」

「できることだけ、か」

 ハインツは反復し、少し笑った。


「難しい言い方だ」

「難しいです。客は自分の品物を全部直してほしいので」

「僕は自分の腕に同じことを言っている」

 フィンは工具を置いた。


しばらく二人とも黙って、雨の跡の残る石畳を見た。

作業場の外にいるのに、仕事の話はできる。

誰かと比べなくても、自分に残った手の働きを確かめられる。


 午後、修理できない品物が持ち込まれた。

依頼人は、どうしても今日中だと言う。

フィンは一瞬、閉じた区域の中にある道具ならと思った。

しかし、そこで何かを取りに戻ることすら、今は許されていない。


「ここではできません」と言うと、相手は顔をしかめた。

「少しだけでも」

「安全にできると確認できません」


 言い終えてから、自分の声が師の声に似ていたことに気づいた。

嫌な気がした。

真似をしただけで正しい人になれるなら、こんなに考える必要はない。


「ほかへ相談する道を探すなら、知っている範囲でお伝えできます」

 そう続けたのは、自分の言葉だった。


 客は一度礼を言い、品物を持ち帰った。

フィンは失敗したように思った。

けれど、今は仕事を受けた数ではなく、断ったときに何を残せたかを考えるようになっていた。


 作業台を移すとき、フィンは道具の数を一つずつ確かめた。

危険区域から何かを運び出す誘惑を、自分で避けるためでもあった。

そこにあれば便利なものは多い。

便利という理由だけで、閉じた場所へ入る許しにはならない。


 老女の籠を直しながら、彼は持ち手が擦れる場所を何度も調べた。

修理の見た目をよくするだけでは、使う人の手が痛くなるかもしれない。

客の暮らしを全部知ることはできないが、何を確かめたいかを尋ねることはできる。


「毎朝、何を入れるんですか」

「今日の買い物を入れるだけよ」と老女は答えた。

「でも、帰りには重くなることもある」


 フィンは籠を持ち上げて試そうとしたが、自分が試した重さがその人の重さと同じとは限らない。

老女に手を添えてもらい、どう持つかを見せてもらった。


「職人さんの手と、客の手は違うねえ」と老女が笑う。

「そうみたいです」


 フィンは、その当たり前のことを知らずに仕事をしていた気がした。

師が何度も「使う人に聞け」と言ってきた意味を、今日やっと身体で理解した。


 籠を返すとき、彼は直した箇所だけでなく、まだ注意してほしいところも説明した。

客は全部覚えてくれないかもしれない。

でも説明をするかどうかは、自分で選べる。

 老女が帰ったあと、フィンはその人の歩き方を思い返した。

品物を使う人は、作る人より長くそれと付き合う。

自分の手で確かめられることが全部ではない。


彼は今日直した部分の記録を小さくまとめ、次に同じ品物を頼まれたとき、同じ修理をすればよいとは限らないと書いた。

完成という文字を付けるより、手間のかかる仕事だった

。

 夕方、エルンストが作業台を見に来た。「注文はどうだった」

「受けたのと、断ったのがありました」

「そうか」


「断った理由を書きました。でも、自分の名前で」

 年長の職人はその紙を見て、静かに頷いた。


 フィンは、自分が受けた仕事の範囲を示す短い札を机に置いた。

明日、雨が降ればまた場所を変えるだろう。


客も毎日同じものを持ってくるとは限らない。

それでも、閉じた扉の外に今日の仕事があった。

そのことは誰にも奪われない。


 帰り際、彼は扉へ目を向けた。

開けたい気持ちは前と同じだったが、開けないあいだの自分まで空白になったとは思わなくなっていた。

フィンは別の仕事場を勝手に開いたのではなく、安全に行える小仕事を選んでいます

。解決を急がず、閉鎖の外側で続く生活を描きます。

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