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第五部「交易都市編」 第二幕 働く人々と責任の行方 147 祈りを売る人

同じ祈りを聞いて、一方は救いを、もう一方は対価に見合う仕事を思い浮かべる。

ロザンヌはその違いの中で生計を立てている。

 ロザンヌ・ヴェルは、依頼書の余白に指を置いた。

「この範囲まで、と書いてあります。これ以上のことはお約束していません」

 客は頷いたようだった。


だが、口を開くと、今朝から大勢を待たせているのだと話し始めた。

予定より仕事が進まない。

あと少しだけ助けてくれれば、皆が困らないと言う。

 あと少し。


 ロザンヌはその言葉を嫌いではなかった。

働く者はしばしば、最後のひと手間で自分の仕事を好きになる。

それでも、魔法を伴う仕事では、自分の身体に残る疲労を、客の焦りの中へ隠すことはできない。


「今日は、ここまでにしてください」

 声は落ち着いていた。


 客は残念そうに言った。「祈りなのに、そんなに細かく分けるものですか」

「祈りを大切に思うことと、仕事の約束を守ることは、別の話です」

 客は反論しなかった。


しかし満足していない顔のまま帰った。

その表情が扉の向こうへ消えたあとも、ロザンヌは指の先に残る鈍い疲れを確かめていた。


 夕刻、エリゼーとジュリアが訪ねてきた。

以前、休息条項について話してきた旅人たちだ。


ロザンヌは仕事を終えたところで、客に渡す説明の紙を束ねていた。


「祈りを仕事にするのは、信仰に反しませんか」

とエリゼーが聞いた。

 問いは不躾だったかもしれない。


ロザンヌは少し考え、こちらの顔を見た。

「あなたは、祈りをどこに置いていますか」

「私には、起こせることがありません」

 エリゼーはそう言った。


魔法が使えないと話すたびに、相手が驚くか、慰めるか、理由を尋ねる。そのどれにも慣れきらない。


「それでも、祈りはするのでしょう」

「ええ」

「なら、私と同じところもあると思います。違うところも」


 ロザンヌは、手に持った紙を卓へ置いた。

「仕事を引き受けている時間には、相手との約束があります。誰かが頼めば必ず起こせるものだと誤解されたくない。疲れているときは、断ることもあります」


「断った人を、信仰が足りないと言う人も?」

とジュリア。


「います。断れたことを喜んでくれる人もいる」

 その答えにジュリアは笑いかけたが、すぐには笑えなかった。


ロザンヌの語り方には、たくさんの失敗を説明しないまま抱えてきた人の節度があった。


「私は、助けられなかった人のことを考える日があります」とロザンヌが続けた。

「仕事を受けていなければ、そういう人はいないはずなのに。働くほど増えるんです。断った相手の顔が」

 エリゼーはそれに答えなかった。


自分は魔法を使えない。

断るかどうか以前に、誰かが頼みに来ることすらない。

その寂しさをロザンヌの苦労に重ねたら、彼女の疲れを奪うような気がした。


「祈りを売っていると言われると、嫌ですか」

とエリゼーは尋ねた。


「嫌な日もあります。でも私自身、仕事で暮らしていますからね。値を付けられることが嫌なのではなく、値が付いたから何でもできると思われるのが嫌なんです」


 ロザンヌは水を飲んだ。

手が少し揺れたのを、エリゼーは見た。

祈りの力がどのように働くかを知りたかった気持ちが、相手の身体を観察している自分への不快さに変わった。


「話してくださってありがとう」

「答えになりましたか」


「一つにまとめてしまうより、難しくなりました」

 ロザンヌはそれを聞いて、初めて笑った。


「それなら、無駄ではなかったかもしれません」

 ロザンヌは先ほどの客が残した余分な質問を思い出した。


どうして一度の祈りで、もっと広い範囲を助けられないのか。

疲労の程度をなぜ本人しか分からないのか。


答えようとすれば、信仰への説明と職業上の説明が混ざってしまう。


「私は、頼まれることを嬉しく思う日もあるんです」

彼女は二人に言った。


「必要としてもらえたように感じるから。でも、その嬉しさで条件を変えたら、誰もその結果を引き受けられないかもしれない」


 エリゼーは、魔法を使えない自分が誰かに必要とされることを、記録の仕事に求めてきたと気づいた。


必要とされることがうれしい。

その気持ちはロザンヌと重なる。

けれど、それを口にしたら彼女の暮らしを自分の人生の比喩にしてしまいそうで、黙っていた。


 ジュリアが

「断った人を、あとから思い出しますか」と聞く。


ロザンヌは頷き、しかし「全部を覚えているわけではありません」と言った。


「覚えていないことが、冷たいことにはならないと信じたいです」


その言葉に、エリゼーは返せる慰めがないと感じた。


 帰り際、ジュリアは依頼書の文面について少しだけ尋ねた。

ロザンヌは相手の依頼を公開しない範囲で説明した。

仕事の場で知った他人の事情は、訪れた旅人に渡せる品物ではない。

それを当たり前に守る姿が、エリゼーには祈りの言葉以上に深く残った。


 外に出ると、別の祈りの声が遠くから聞こえた。

何かが起きたかどうかは分からない。

エリゼーは耳を澄まし、確かめに走らなかった。

彼女の知らない暮らしの中でも、人は誰かに向けて祈っている。

それを自分の謎の証拠へ変えずに聞けるようになりたいと思った。

ロザンヌは信仰を捨てて仕事を選んだ人でも、信仰を盾に仕事を避ける人でもありません。

祈ること、働くこと、断ることが、同じ一日のなかにあります。

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