第五部「交易都市編」 第二幕 働く人々と責任の行方
早く腕を認められたいと願うフィンは、止まることにも技術があるとはまだ信じ切れない。
それでも彼は、師の背中ばかりを見続けることをやめ始める。
フィン・カルデは、客の前では指先を見せないようにしていた。
見せない先には細かな傷がつき、爪の脇には落ちきらない色が残っている。
仕事をしている証拠だと誇る者もいるが、フィンには、まだその手が自分の力量を越えた先の、年長の職人の真似に見えた。
経験を重ねた人と同じ傷があれば、同じ仕事を任されるようになる気がした。
閉鎖の札が掛かってから、彼の手には空く時間が増えた。
「今日、何をするんですか」
「できる仕事を探す」
エルンストはそう言うだけだった。
見習いの頃なら、言われるまで待っていればよかった。
しかし今は、待っている自分が怠け者のようで落ち着かない。
裏通りで、古い箱の留め具を直す仕事を受けた。
危険区域と無関係の小仕事だ。
客は曲がった釘を見せて、明日までに使えるようにしてほしいと言った。
フィンはすぐに返事をしたくなったが、道具と材料を確かめ、代わりの方法を二つ考えてから、ようやく引き受けた。
客が去ると、エルンストは「よく見たな」と言った。
その短い言葉を、フィンは一日中手の中に置いていた。
褒められたことがうれしい。
ても自分の判断で仕事を任されることだったのではないか。
昼過ぎ、旧市場を見に来た四人の姿が見えた。
以前、閉鎖の理由を尋ねた旅人たちである。
ハインツが作業台の金具を眺めていると、フィンはつい説明を始めた。
「こっちは直せます。長くかかるものじゃないので」
「短い仕事なら、安全なのかい」
とハインツが尋ねた。
「そういうわけじゃありません」
答えたあと、フィンは少しむっとした。
自分だってそんなことは知っている。
だが相手は否定するように聞いていなかった。
「ごめん。僕の腕のことを考えてしまった」
ハインツは右腕を見た。
「短い間ならできると思って、あとで困ったことがある」
フィンは彼の手を見た。
右腕の調子を聞くことはしなかった。
傷について、知り合ってすぐ尋ねるのは違うと思ったからだ。
「俺も、短い仕事だから大丈夫だと言いそうになります」
「それなら、今から確かめられる」
自分の言葉で返事をさせられた気がして、フィンは少しおかしかった。
夕方、箱の留め具ができあがった。
形を整え、動かし、力を掛けすぎない範囲で試す。
客の使い方が分からなければ、本当に合うかは決められない。
フィンは完成と書いた札をすぐには付けず、確認してほしい点を別の紙に記した。
エルンストがそれを読む。
「慎重になったな」
「臆病になっただけかもしれません」
「臆病な人は仕事を受けないのか」
「それは違います」
「なら、言葉を選び直せ」
フィンはうつむいた。
親方は何かを教えるとき、手本を示すより先に
彼自身の言葉を直させることがある。
答えを渡さないのだ、と嫌になることもあった。
「できると思うことを、確かめてから言いたいんです」
「それなら十分だ。今はな」
十分だと言われると、かえって満足できなかった。
今は、という二字が残る。
しかし、その残り方を嫌だと思わなくなった。
何年働いても「今は」と言わなければならない瞬間は来る。
隣の作業場から、刃を研ぐ細い音が聞こえてきた。
フィンは何気なく耳を澄ました。
以前はその音を聞くと、休んでいる自分だけが取り残されたように感じた
。今日は、自分が確認するべき品物をひとつ思い出す。
仕事の始まりは大きな機械の音だけではないのだ。
「師匠は、あの扉を開けたいんでしょうか」
とフィンがハインツへ尋ねた。
「聞いたことがない。君は?」
「開けたいです。でも、早く開けるために、何を確かめたことにするか考えたくなる日もあります」
口に出すと、恐ろしかった。
自分は安全を軽く扱う人間なのだろうか。
「そう考えたことを、師匠に言える?」
「まだ言えません」
「なら、いつか言える日が来るといいね」
ハインツは善悪を判定しなかった。
フィンにはそれが意外だった。
年長者はいつでも、自分の間違いを見つけて正してくれると思っていた。
しかし、間違えたくなる心を持っていることと、間違った行動を取ることは同じではない。その境目は自分でも守れるはずだった。
帰り支度のとき、フィンは閉じた扉に手を触れかけ、やめた。
開けたいと思うことまで禁じられてはいない。
師の判断が間違っている可能性を考えることも、師を裏切ることではない。
その代わり、開けるなら何を確かめるのかを自分で言えなければならない。
彼は作業台へ戻り、明日の確認事項を書いた紙を一枚残した。
閉じた扉ではなく、今できる仕事に向けた紙だった。
外では、夕日の角度が変わり、札の影が細くなっていた。
フィンは影を踏まずに歩いた。
何かを敬っているようで嫌になり、途中で足の向きを直した。
自分は扉に祈っているのではない。
いつか仕事に戻るため、今日できることを覚えているのだ。
若いフィンにとって、待つことはまだ屈辱に近いものです。
しかし待ちながら自分で確かめる仕事もあります。師への尊敬を服従だけにしない変化を置きました。




