↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/232

第五部「交易都市編」第一幕都市の人口と異なる価値観 139 四人の地図

同じ街を歩いていたはずの四人が、覚えている道は少しずつ違った。

ヘルマンは一緒にいることの意味を、案内の仕方から考え直す。

石楔旅舎の卓に、ヘルマンが地図のような線を描いた。

紙の上描いて見えるのは彼が覚えていた道だけだ。

南石門から広場へ、広場から市場へ、そこから旅舎へ。

細い路地は幾つか省かれている。


「ここで迷ったんです」

とジュリアが指したのは、ヘルマンが何も描かなかった場所だった。

「そこは真っ直ぐだったはずだよ」

「私は途中で店の前に止まりました。そのあと、別の道へ戻ったので」

彼女は紙に短い線を足した。


そこから先を詳しく知っているのは彼女だけだった。

ヘルマンは自分が案内した経路こそ四人の歩いた道だと思っていたので、妙な気がした。


ハインツは広場の柱を描き入れた。

「この陰で仕事を待っていた人がいた」

「覚えていたんだね」とヘルマンが言う。


「顔より、立ったり座ったりする足の動きが残っている」

エリゼーは紙を見つめたあと、祈りの場を二つ加えた。

別々の鐘を聞いた場所だ。

「私はこの辺りから、道が少し違う街に感じられたの」

四人の地図はまとまらなかった。


道の交わる点が増えるたび、知らない場所ができた。

ヘルマンは紙を正しい形へ直そうとした。

しかし、そのたび誰かが自分の覚えた道を失う。


「道案内の地図なら、これでは困るね」

そう言うと、エリゼーが笑った。

「でも、これが今日の私たちの地図なのかもしれない」


ヘルマンは自分がほっとしたことに気づいた。

誰かを目的地へ連れていく責任は、彼が一人で負わなければならないと思ってきた。


四人がそれぞれ見たものを足していけば、自分の知らなかった道が増える。

すると案内人としての自分の値打ちが減るのではなく、別の仕事が始まるようだった。


「この道は危なくない?」

とハインツが指した。

「それは分からないな。朝と夜で様子が違うかもしれない」

以前なら無理に答えを探しただろう。

今は簡単に言えた。


知らない道は消すのではなく、知らないまま記しておけばいい。


ジュリアが端に小さな注を付けた。

「四人の記憶に基づく。正確な市街図ではない」

それを見てヘルマンは笑った。

「まるで正式な帳面みたいだ」


「間違いがあることを、あとで分かるようにしておきたいだけです」


地図に書かれた道を数えていると、ジュリアが小さな点を二つ加えた。

「同じ建物を、私は二度違うところから見ました。ここが同じ場所なら、私の道はおかしくなります」


「なら、書き直すかい?」とヘルマンが尋ねる。

「いえ。今は、私がそう見たという記録でいいと思います」


エリゼーが紙の隅へ細い線を引いた。

「ここは、私が一人で少し遠回りした道」

三人が驚いて彼女を見る。

「言わなかっただけよ。たいしたことじゃない」


ヘルマンはその線を消さなかった。

四人でいる時間にも、一人で歩く時間がある。

地図を重ねることは、その違いをなくすことではなかった。


ハインツは二つの点を見比べ、笑った。

「僕なら、同じ建物だと気づかなかったことを隠すかもしれない」

「私だって、少し隠したいです」

とジュリアは言った。

「間違えるのが好きなわけじゃありません」

その率直さにエリゼーは頷いた。


記録係にとって間違いを記すのは簡単ではない。

以前の自分なら、誤記を取り消し線で整えてしまっただろう。

それでも、どうして間違えたかを残せば、後から見た人がそこに立ち戻れることもある。


地図には、四人がまだ訪れていない場所の空白もあった。

ヘルマンはそこを埋めようとはしなかった。


明日になれば違う道があるかもしれないし、誰も歩きたくない道もあるだろう。

誰かが正しい地図を見せてくれたら、今夜の紙は間違いになる。


それでも四人が同じ卓で迷った時間まで消えるわけではない。

彼は紙の折り目を指で伸ばし、ふっと手を離した。


「僕がこの街を知らないと、皆が困ると思っていた」

とヘルマンは言った。

三人は返事を急がなかった。


ハインツが少しして

「困ることもあるよ」

と言い

ジュリアが

「でも、そこから皆で道を聞けばいい」と続けた。


エリゼーは、その二つの返事が打ち消し合わないことに安堵した。

誰かを安心させるために不安を否定しなくてもよい。


地図の端に四人の手が重なったとき、それぞれの指の向きは違っていた。

ヘルマンは紙を引き寄せず、四人が見やすい場所へ置き直した。


エリゼーは

「それなら、私にも分からない場所があります」

と付け足した。

四人の誰も、地図の全体を完成させようとしなくなった。


卓の向こうでシメオンが灯を整えている。

彼に見せれば間違いを指摘してくれるだろう。


だが、今夜はそうしないことにした。

正しい道を知るための紙ではなく、自分たちがどこで立ち止まったかを思い出すための紙として残したかった。


夜、他の三人が部屋へ戻ったあと、ヘルマンは地図を折り畳んだ。

紙の折り目は市場と広場の間を横切った。

少し惜しかったが、折り直すのはやめた。


どんなに丁寧に描いた道も、持ち歩けば皺ができる。

旅を続けるとは、そういうことなのだと思った。

四人が見たエストラーヴは四つあり、どれか一つが完全な正解ではありません。

ヘルマンは道を知ることでなく、違う地図を持つ人と歩くことに価値を見いだします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。