第五部「交易都市編」第一幕都市の人口と異なる価値観 131 祈らない客
祈りを頼む店の隣には、頼まない店もある。
エリゼーはその違いを、魔法が使えない自分への評価と結びつけそうになる。
市場の通りに、祈祷の依頼を受ける店と、修理を専門とする店が並んでいた。
どちらにも客が入り、どちらも忙しそうだった。
エリゼーはその近さに足を止めた。
修理店の主人が、乾ききらない木片を布で拭いている。
隣の店では荷を軽くする祈りの仕事について、依頼者が条件を尋ねていた。
エリゼーは前に見た看板の細かな注意書きを思い出した。
祈りが仕事となる場所には、失敗の扱いも、疲労する者への配慮も必要なのだ。
「ここは頼まないんですね」
と彼女は修理店の主人に言ってしまった。
「何をです?」
「祈りの仕事を」
男は驚いて、少し考えた。
「頼んだことはありますよ。今は必要がないだけです」
その返事に、エリゼーは自分が単純な対立を求めていたと知った。
祈祷の店を信じる者と拒む者。
信仰を持つ者と持たない者。
自分は魔法が使えないから、この分け方のどちらに入るのか。
知らない街の習慣を、いつのまにか自分の傷へ引き寄せていた。
「どうして今は必要ないんですか」
「この作業なら自分の手で足ります。隣の仕事が要る日もある。それだけです」
主人は木片をもう一度返し、欠けた角を確かめた。
魔法を頼めば早く終わるのかもしれない。
だが、早さだけで価値を決めていない人が目の前にいる。
店の外へ出ると、ハインツが「気になる?」と聞いた。
「自分のことだと思ってしまった」
「何が?」
「頼まない店が、祈りを否定しているように感じたの。でも、そうではなかった」
ハインツは右手の指を動かしながら、ゆっくり答えた。
「僕だって、助けを断る日がある。助ける人を嫌っているからじゃない」
それを言われると、エリゼーは少し恥ずかしかった。
彼の腕をめぐって何度も起こったやり取りを、ここでも別の形で繰り返している。
頼らないことは信頼しないことではない。
頼ることも屈服ではない。
午後、二人はまた同じ通りを歩いた。
隣の祈祷店から出てきた女が、修理店の主人へ声をかけた。
二人は短く話し、相手の手を指して笑った。
競争相手だから仲が悪い、と決める理由もなかった。
エリゼーは祈りの店へ入らなかった。
祈祷に使われる言葉を知りたい気持ちはあったが、今は仕事中の相手へ自分の疑問を持ち込むべきではないと思った。
理解したと呼べるほど何かを知ったわけではない。
むしろ知らない事情が増えただけだった。
帰り道
ジュリアが「祈らない客は、信じない客と同じですか」と尋ねた。
エリゼーは首を振った。
「違うでしょうね。でも、それも本人に聞かなければ分からない」
市場の隅には、祈祷を請け負う者の名前と、できる仕事の範囲を記した小さな札があった。
荷重を軽くすること
わずかな場所を乾かすこと
灯火を守ること。
どれも万能な力を約束するものではない。
使用条件と、施術者を休ませるための注意が添えられている。
エリゼーはその札に長く目を留めた。
祈るだけで何かが起こる者と、何も起こらない自分。
その差を彼女は何度も考えてきた。
だがここでは、魔法を使える者でさえ何ができないかを書く必要がある。
力があることと、望まれることすべてに応じられることは違う。
修理店の窓に、欠けた器が置かれていた。
エリゼーには、それが直るのを待っている客の顔は分からない。
ただ何度も持ち上げては確かめた指の跡が、器の縁に残っていた。
物には、使い手が離れたあとも仕事の順番がある。
祈りで早められる工程があるとしても、待つことまで無意味になるわけではない。
彼女はそう考えながら、決めつけすぎないよう器から目を離した。
「この注意は、誰が決めたのでしょうね」
とジュリアが言った。
「店の人かもしれないし、請負人かもしれない」
とエリゼーは答えた。
「ここで見ていても分からないわ」
ハインツが札を覗き込み、
「できないことを先に伝えるのは勇気がいるね」と呟いた。
エリゼーは彼の右腕を思った。
以前ならすぐに労わる言葉をかけただろう。
今は彼がその言葉をどういう意味で言ったのか、尋ねる必要があると感じた。
夕刻、二つの店の窓に灯がともった。
祈祷の札のある店も、手仕事の店も、夜になれば片づけをする。
エリゼーはその共通の動きに目を留めた。
奇跡を扱う人にも道具をしまう手があり、木を削る人にも明日を願う気持ちがあるだろう。
それは推測にすぎない。
でも、店の違いを信じる者と信じない者に分けるより、少しだけ相手の生活へ近づけた気がした。
「あなたは、そう思うの?」
「思うよ。できると思われている人ほど、できないと口にしづらいから」
エリゼーは頷き、自分の胸に起きた痛みをそのまま置いておいた。
彼の言葉を自分についての説明に変えず、聞いたままにしておくことができた。
「そうね」
短い返事に、教える者と教わる者の関係はなかった。
エリゼーはそのことがうれしかったが、しかし言葉にはしなかった。
夜、いつもの祈りの言葉を心に置くとき、エリゼーは魔法が起きないことを確かめようとしなかった。
起こらないものを無理に見つめるより、今日出会った二つの店を思い返した。
彼らが同じ通りで働いていることは、彼女の能力とは無関係に確かだった。
魔法を使うことと祈りを信じること、さらに魔法を仕事として頼むことは同じではありません。
エリゼーの個人的な痛みが、他者の選択を狭めないように描きました。




