第五部「交易都市編」第一幕都市の人口と異なる価値観 124 違う鐘の時刻
鐘の音は、同じ街に別々の時間を流していた。
エリゼーはその音に耳を澄ませ、自分が慣れ親しんだ祈りの形を思い出す。
石楔旅舎の小さな窓が朝の光を入れる頃、遠くで鐘が鳴った。
エリゼーは目を覚ましていたが、最初の一打を聞いて目を閉じた
。祈りの前に身体の内側が静かになる感覚を、長い年月で覚えている
。鐘は、今日が始まると知らせるより先に、そうする時間を彼女へ与えてきた。
けれど次の音は、同じ鐘ではなかった。
高く短い音が、少し離れた方角から重なる。
その後には木を軽く打つような響きが続いた。
どちらも急ぐ調子ではない。
互いの音を遮らずにいるようにも、相手に気づいていないようにも聞こえた。
階下へ下りると、主人のシメオンが扉を開けて風を入れていた。
「何かの祝いですか」
「いいえ、いつもの朝ですよ。向こうは集まりの始まりを知らせる音、こちらは働きに出る前の祈り。あと少ししたら別の音も聞こえます」
「それぞれ違う祈りなのですね」
「違う人たちが集まりますから」
それで十分だと彼は言うように肩をすくめた。
エリゼーは、自分がもう少し説明してほしかったことに気づいた。
祈りがどう違うか、何が正しいとされるか、何を神と呼ぶか。
それを聞けば理解が早まると思っている。
朝食の席に来たハインツは鐘の方角を見定めようと窓へ寄った。
「互いに時間をずらしているわけではなさそうだ」
「そうみたいね」
「迷わないのかな」
「いつもの人には、分かるのでしょう」
答えながら、エリゼーは自分が鐘をすべて一つの時刻に並べたかったのだと知った。
独立教会の仕事場では、祈りの時刻が記録の時刻でもあった。
同じ時間に人々が集まり、同じ言葉の始めを待つ。
祈りの前後が、日付の輪郭を作っていた。
宿から出た四人は、楔形広場へ向かう途中で、小さな祈りの場の前を通った。
中から聞こえたのは、言葉を伸ばさず途切れ途切れに置く唱え方だった。
入口には、入るよう促す者も、来訪者を避ける者もいない。
ジュリアは歩みを遅くした。「記録を取っているんでしょうか、ここでも」
「何を?」とエリゼーが聞いた。
「祈りをした人のことか、それとも祈りの後に起きたことなの?」
問いは鋭かった。
エリゼーは、自分なら何を記録するだろうと考えた。
声の形か、人の名前か、祈りが叶ったとされた出来事か。
彼女には魔法が起こらない。
それでも祈りの言葉を知り、書き残す職務がある。
ここで祈る者たちは彼女をどう見るだろう。
「聞いてみたい?」
ジュリアはしばらく沈黙した。
「今日は、聞くのをやめます。ここは、こちらの質問に答えるための場所じゃない」
エリゼーはその返答をうれしいと思いかけ、気づいて引きとめた。
ジュリアの判断を、自分が育てたものとして喜んではならない。
彼女は彼女の理由で歩いている。
広場の端では、子どもたちが鐘の音を真似して遊んでいた。
高い音が聞こえれば駆け出し、低い音では石の上に座る。
誰が決めた規則なのか分からない。
ひとりが取り残されると、別の子が戻ってきて指で数え直している。
彼らにとって鐘は、祈りだけの音ではないのかもしれない。
エリゼーは幼い日の自分を思い出しかけた。
誰かの手が伸びてきた記憶が、いつも同じ場面で途切れる。
それを鐘の音へ結びつけてしまうのは簡単だった。
けれど自分の記憶にない音まであったと考えるべきではない。
彼女は記憶の外へ一歩も踏み出さないよう、静かに目を開いた。
「昔のことを思い出した?」とハインツが尋ねた。
「少し。でも、何を思い出したと言えるのか分からないの」
少し離れた通りからは、荷車の鉄輪が敷石を叩く音がした。
祈りの鐘と重なり、やがて荷車の音のほうが近くなる。
エリゼーは、その混ざり合いを耳障りだと思わなかったことに驚いた。
かつては祈りの時刻に仕事の音が入れば、静かにするべきだと考えていた。
ここでは働くことも祈ることも、互いの存在を消さないまま続いていた。
もちろん、誰も不満を抱いていないとは限らない。
彼女はその留保を自分の胸に残した。
「話したくなったら聞くよ」
返事はそれだけだった。
彼が詳しく問わなかったことに、エリゼーは安堵し、ほんの少し寂しくもなった。
相手に踏み込まれたくないと願いながら、踏み込まれなければ自分が遠ざかったように感じる。
その矛盾を、すぐに説明できない自分もまた、ここにいてよいと思いたかった。
鐘がもう一つ鳴り、広場を横切る者がわずかに足を止めた。
誰が何を願ったのかは分からない。
エリゼーはそれを一つに数えないことにした。
広場の隅に座って休むあいだ、鐘はまた別々の時刻に鳴った。
男が帽子を取って立ち止まり、隣の女は足を速めた。
どちらも誰かに咎められなかった。
その一場面を見ただけで、信仰に争いがないと判断することはできない。
違いの中で傷つく人がいるのかもしれない。
エリゼーは祈る代わりに手を膝に置いた。
祈りをやめたのではない。
ただ、自分の言葉をこの広場のすべてに重ねたくなかった。
最初の鐘の余韻はすでに消えている。
それでも、別の鐘が鳴るたび、朝は終わらず何度も始まるように思えた。
祈りの違いを優劣の議論にはせず、時間を生きる人々の習慣として描きました。
エリゼー自身の信仰と、他者の祈りを知る権利の境界は、これからも揺れ続けます。




