第四部 石片の向こう 113 共同の水路
村の水路を直す日。
四人は土地の仕事に加わるが、古くからの暮らしを知っている人々の判断を優先する。
朝の水路には、普段より多くの人が集まっていた。
木槌を持つ者、縄を運ぶ者、土嚢を縫う者。
子どもたちも、使い終えた桶を運んでいる。
流れを一時的に弱めるため、上流では小さな堰が組まれていた。
水が減っているうちに、傷んだ護岸と木の仕切りを直すのだという。
「今日は、何を頼まれても急がないことだね」
ハインツが言った。
「急がなければ間に合わないかもしれません」
ジュリアが答える。
「そういうときほど、指示を聞いてから動こう」
彼は傷めた右腕を軽くさすった。
先日の荷車のことが、二人の間に残っていた。
エリゼーは、ヘルマンとともに水路の担当者へ挨拶した。
担当者は、昨日の家で会ったあの人だった。
「旅の人たちは、向こうの石の選別をお願いできるか」
「重さを分ければいいんですね」
「違う。割れているものと、据えられるものを分ける。重いものはこっちで持つ」
その人はエリゼーの手を見た。
「触って確かめるのはいいが、角で指を切らないように」
エリゼーは頷いた。
* * *
午前の仕事は、思いのほか地味だった。
仕事の前に、村の人々は水路の端に立ち、短い祈りを唱えた。
声を合わせる人もいれば、頭を下げるだけの人もいる。
魔法が起きる気配はなかった。
それでも一人の老人が合図すると、誰もが道具を取りに動き始めた。
ヘルマンは、子どものころにも同じことをしたと話した。
「願うだけでは水は流れないと、その人に叱られたものだよ」
エリゼーは老人の背中を見た。
祈りは作業の代わりではなく、互いを見渡してから始めるための時間でもあるのだろう。
ジュリアは石を乾いた布で拭き、細かな亀裂がないか確かめた。
エリゼーは選ばれた石を並べ、ハインツは印を付けた木札を所定の場所へ運んだ。
彼自身が決めた軽い仕事で、誰もその選択を咎めなかった。
ヘルマンは、古い杭が置かれている倉へ行った。
戻ってきたときには、違う長さの杭を抱えていた。
「それじゃ短い」
相手に言われ、ヘルマンは足を止めた。
「子どものころは、こっちを使っていた」
「今の水路は深くなった」
「そうだった」
彼は杭を持ち替えた。
「新しい場所はどこだ?」
「裏だ。右の」
相手の指が示した方向へ、彼はすぐ歩き出した。
エリゼーは二人の会話を聞いたが、何も言わなかった。
昔を覚えていることは、今日の仕事ができる証拠にはならない。
それでも昨日まで知らなかった場所を、今日は教えてもらえる。
水路の曲がり角では、若い作業者が泥を掻き出していた。
手を止め、ジュリアに木の楔を見せる。
「この幅だと、水が押したとき抜けやすいんです」
「では、幅を変えれば?」
「太くするだけだと、板が割れる」
若者は木目を指した。
「ここを斜めに削る。あとで水を少し戻して、どこが緩むか見るんです」
ジュリアは関心を示した。
「記録するときにも、直した箇所だけでなく、どう確かめたかを残した方がいいですね」
「記録?」
「私は書類を扱う仕事をしているんです」
若者は木屑を払い、笑った。
「こっちは木に書いておくようなものですよ。傷んだら、そこが知らせてくれる」
「でも、次に直す人が気づくまで時間がかかるかもしれません」
若者はしばらく考えた。
「それなら、壊れやすい場所を木札に書いて残すのは、悪くない」
ジュリアは記録のしかたを押し付けず、まず村の人の話を聞いた。
* * *
昼、皆は水路から少し離れた木陰に集まった。
食べ物は各家が持ち寄っていた。
エリゼーが水を配ると、年配の女性が彼女の袖を見た。
「遠くの教会から来たんだって?」
「ええ。仕事を休んで旅をしています」
「教会には、魔法を使える人が多いのかい」
「使える方もいます。でも、誰もが使えるわけではありません」
「あなたは?」
「使えません」
女性は頷いた。
「私もだよ」
その返事に、エリゼーは少し笑った。
女性は続けた。
「うちの水路は、昔から人の手で直している。祈りが役立つ日もあるけれど、泥を掬う手も要るからね」
エリゼーは、木陰に置かれた泥だらけの鋤を見た。
日常を支えているのは、一つの力ではない。
* * *
午後、仕切り板が仮に立てられた。
相手はヘルマンへ縄の端を渡した。
「引きすぎるな。合図を待て」
ヘルマンは頷いた。
水が板の下を流れる音がする。
周囲の人々が声を掛け合った。
合図があり、ヘルマンは少しだけ縄を引いた。
板が動く。
「そこで止めろ」
彼は手を緩めた。
相手は継ぎ目を確かめ、指で短く合図した。
「よし」
たった一語だった。
けれどヘルマンは、しばらくその場を離れなかった。
エリゼーは彼の肩の力が、わずかに抜けたのを見た。
水はまだ本流へ戻されていない。
修理が終わったわけでもない。
それでも、人と人の間には、次の合図を待てるだけの距離ができていた。
四人は補助者として水路の修繕に参加しました。
ヘルマンと再会相手の関係も、説明より作業中の合図によって少し動きます。




