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第四部 石片の向こう 109 懐かしい入口

ヘルマンの故郷には、彼を覚えている人々がいた。

再会は喜びだけではなく、過ぎ去った年月を互いに確かめることでもあった。

挿絵(By みてみん)

村の入口には、夕方の仕事を終えた人々が集まっていた。

水桶を肩に掛けた女。

籠を背負った老人。

石垣にもたれて話している若者たち。

その間を、子どもが一人駆け抜けた。


ヘルマンは石柱の前で立ち止まり、村を眺めた。

エリゼーには、それが道順を確かめるためではないと分かった。

彼は家々を順に見ていた。


屋根。

窓。

庭の木。

一つずつ、記憶と照らし合わせているようだった。


「ヘルマン?」

突然、男の声がした。

四人が振り向くと、荷車を引いていた中年の男が立っていた。

男は手綱を握ったまま、しばらくヘルマンを見つめた。


「お前、ヘルマン・バウマンか」

ヘルマンは一瞬、言葉が出なかった。

それから笑った。


「そうだよ」

男は手綱を置き、ゆっくり近づいてきた。

「本当に?」

「そんなに変わったかい」

「変わったさ」

男は答えた。


「お前がいなくなったころは、もっと細かった」

二人は顔を見合わせた。

そして、どちらからともなく笑った。


男はヘルマンの肩を叩いた。

「戻ってきたのか」

「うん」

「いつまで?」

ヘルマンの笑みが、ほんの少し止まった。


「まだ、決めていない」

男はその答えを聞き、肩から手を離した。

「そうか」

それ以上は訊かなかった。

***

ヘルマンは三人を紹介した。

エリゼー・ロタスト。

ハインツ・ホリガー。

ジュリア・ロッソ。

男は一人ずつ顔を見て、丁寧に頭を下げた。


「遠くから、よく来たね」

「ヘルマンに案内していただきました」

エリゼーが答える。


「それは安心だったでしょう」

男は笑った。

「昔から道を覚えるのが得意だったから」

「最近は、よく迷うよ」

ヘルマンが言った。


「それは、お前が道を忘れたんじゃない。道が変わったんだ」

男はあっさり答えた。


ジュリアはその言葉を聞いて、昼間の分かれ道を思い出した。

ヘルマンは昔の道を覚えていた。


ただ、同じ場所へ続いているはずの道は、もう以前の形をしていなかった。

男は荷車へ戻り、手綱を持ち直した。


「宿を探しているのか」

「ええ」

ハインツが答えた。


「右腕を少し痛めているので、あまり遠くないところだと助かります」

「それなら広場の向こうに泊まれる家がある。今夜は空いているはずだ」

男は指で道を示した。


「案内してやろう」

ヘルマンが首を振る。

「そこなら覚えている」


「じゃあ、途中まで一緒に行こう」

男は笑った。

***

村の道は細かった。

家々の間を水路が流れ、ところどころに小さな橋が掛かっている。

ヘルマンは橋の一つを見て立ち止まった。


「ここは、昔は木だったよね」

「何度も直した」

男が答えた。

「お前がいない間に、いろいろあったよ」

「そうだろうね」

「そっちは?」

「僕も、いろいろあった」

男は頷いた。


「そうか」

二人はそれ以上話さなかった。

エリゼーは少し後ろを歩いていた。


再会した人々の言葉は、思ったより短い。

長い年月を埋めようとするなら、いくら話しても足りないはずだった。

けれど、互いがそこにいると確かめるだけで、伝わることもあるのかもしれない。

彼女はエランのことを思い出した。


いつか、どこかで再び会うことがあるだろうか。

そのとき自分は、何を言うのだろう。


謝りたいことはある。

説明したいこともある。

だが、相手がそれを聞きたいかどうかは、自分には決められない。

そのことを、今なら以前より少しだけ理解できる気がした。

***

広場へ着くと、男は荷車を止めた。

「この先だよ」

彼は宿になる家を指した。

「明日の朝、時間があれば顔を出す」

ヘルマンが頷いた。


「ありがとう」

男はしばらく、彼を見つめた。

何か言いかけたようだった。


しかし口を開く前に、近くの家から子どもが呼んだ。

「父さん!」

男は振り返った。

「今行く!」


それから、もう一度ヘルマンを見た。

「帰ってきたなら、少しゆっくりしろよ」

その言葉を残して、荷車を引いて行った。

ヘルマンは男の背中を見送った。


「昔から、ああいう言い方をする人だった」

「仲がよかったのね」

エリゼーが言った。

「うん」

彼は少し笑った。

「よく一緒に走り回った」

「今は?」

「今も、そう思ってくれているといいけど」

エリゼーは、返事をしなかった。

***

宿へ入ると、窓から広場が見えた。

村の中央には一本の大きな木があり、その根元に人々が集まっている。

子どもたちが走り回り、夕餉の煙が屋根の間から上がっていた。

ヘルマンは窓際へ立った。


「ここは、変わっていない」

誰に言うともなく呟いた。


しかし、そのあとに続く言葉はなかった。

エリゼーは、彼が見つめる景色を一緒に眺めた。


戻ってきた場所。

残っていたもの。

失われたもの。

その全部を、今夜のうちに確かめる必要はない。

四人は荷を下ろし、夕食の支度を始めた。

ヘルマンは故郷で古い知人と再会しました。

喜びと戸惑いの両方がある再会です。彼が故郷を離れた事情や、会わずにいた相手との関係は、まだ明かしていません。


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