第四部 石片の向こう 107 疑う声
石片を強大な魔法の証拠と呼ぶ者が現れれば、谷を訪れる人も増えるかもしれない。
四人は、それを望まない住民の声に耳を傾ける。
昼の広場には、いつもより多くの人が集まっていた。
行商人が布を広げている。
その隣では、鍋の修理を頼む女たちが順番を待っていた。
四人は旅の支度に必要な紐を買い、宿へ戻ろうとしていた。
そのとき、広場の反対側から声が聞こえた。
「だから、あの石が証拠だって話になるのは困るんだ」
振り向くと、年配の男が二人の若者と話していた。
一人の若者が反論する。
「ただ、珍しいものがあると言っただけでしょう」
「珍しいだけならいい。昔の大きな祈りの名残だなんて言い出す人がいる」
「そんなふうに聞いたこともありますよ」
「誰から?」
若者は答えに詰まった。
エリゼーは立ち止まった。
ヘルマンが小さく言った。
「聞いておいた方がいいかもしれない」
しかしエリゼーは首を振った。
「まず、私たちが聞いてよい話なのか確かめましょう」
四人が近づくと、年配の男は彼らを見た。
「旅の人たちか。あの家の石を見たそうだね」
「持ち主の方の許しを得て、見せていただきました」
エリゼーが答えた。
「それで、何だと思った」
彼女は少し考えた。
「何であるかは分かりませんでした」
男は鼻で笑った。
「そう言ってくれるなら、まだましだ」
若者の一人が顔を赤くした。
「そんなに悪いことを言いましたか。昔の魔法の証拠かもしれない、というだけなのに」
エリゼーは二人を見た。
「そう考える理由が、何かあるのでしょうか」
「祖父が、災いの夜には山が光ったと言っていたんです。石はそのころから残ったものだって」
「祖父の方が石を見つけたのですか」
「いや。そうじゃないけど」
「では、話を聞いたとき、石片と光が同じ出来事のものだと、はっきりおっしゃったのでしょうか」
若者は口を閉じた。
しばらくして、首を横へ振った。
「そこまでは、覚えていません」
年配の男が腕を組んだ。
「ほら、そういうことなんだ」
その声には勝ち誇った響きがあった。
若者は下を向いた。
エリゼーは、その表情が気になった。
「ただ、祖父の話を大切にしていることと、石片の由来を確かめることは、別にできると思います」
男が彼女を見た。
「どっちの味方なんだい」
エリゼーは答えに迷った。
どちらの味方か。
その言葉は、幼いころから何度も聞いた。
境を隔てる人々の声。
自分を救った、敵と呼ばれた誰かの手。
「あの石を守ってきた人の意思は、大切にしたいと思います」
彼女は言った。
「それから、話を受け継いだ人が、確かめたいと思う気持ちも」
男は納得しなかったようだった。
「どちらも大事だと言えば、簡単だ」
「そうですね」
エリゼーは頷いた。
「簡単に言ってしまいました」
予想外だったのか、男は黙った。
***
広場を離れたあと、ジュリアはしばらく歩かなかった。
「私が描いた絵も、誰かに見せれば話が広がるかもしれません」
「ええ」
エリゼーが答える。
「でも、見せなければ、石片のことを知りたい人に何も伝わりません」
「それも確かね」
ジュリアは眉を寄せた。
「どちらが正しいんでしょう」
「私にも分からないわ」
「また、それですか」
思わず強い声になった。
ジュリアはすぐに顔を伏せた。
「すみません」
「いいのよ」
エリゼーは笑った。
「私も、答えがほしいもの」
「私は、あなたが何か言ってくださると思っていたんです」
「そうでしょうね」
エリゼーは立ち止まった。
「でも、あなたがどうするかを、私の考えだけで決めたくない」
ジュリアは帳面を胸に寄せた。
その仕草には、守ろうとする気持ちと、手放したくない気持ちが同時に見えた。
「相談はしてもいいんですよね」
「もちろん」
「では、今夜もう一度、考えます」
***
夕方、ハインツは宿の主人と一緒に壊れた木戸を直していた。
右腕に負担をかけないよう、縄を押さえる役を引き受けている。
エリゼーは離れたところから見守っていた。
「さっきの人たちの話、難しかったね」
ハインツが戻ってきて言った。
「ええ」
「石片が本当に何かの証拠だったとしても、今の人たちの暮らしを変えてしまうかもしれない」
「そうね」
「でも、知りたい人がいるのも分かる」
彼は戸の方を振り返った。
「僕なら、まず家の人に訊くと思う」
「私たちも、そうしたわ」
「うん。でも今度は、周りの人たちも関わっている」
エリゼーは頷いた。
石片は一軒の家に保管されている。
しかし、その意味を語る人は村に何人もいた。
持ち主の意思と、土地の人々が語り継いだ物語。
その二つは、重なっていても同じではない。
翌朝には、この谷を離れる。
それまでに、すべてを整理できるはずもなかった。
夜になって、ジュリアは帳面を開いた。
描いた石片の下へ、新たに一行を書いた。
「由来については複数の伝承があり、確認できていない」
その文字を見つめたあと、彼女は帳面を閉じた。
まだ答えはない。
けれど、誰かの話を勝手に一つの答えへまとめなかったことだけは、確かだった。
石片を強大な魔法の証拠とみなす考えには、土地の人々の間でも異論があります。
旅人の好奇心、住民の暮らし、伝承を守る思いが、必ずしも同じ方向を向いているわけではありません。




