第四部 石片の向こう 105 上流の川原
石片は昔、川の上流で見つかったという話が残っていた。
四人は現地の案内を得て、その場所と伝えられる川原へ向かう。
川へ行く話が出たのは、翌朝のことだった。
宿の主人が朝食の皿を片づけながら言った。
「あの石の話なら、上流へ行ってみるといいかもしれない」
「何か残っているのですか」
エリゼーが訊く。
「何か残っているかどうかは知らない。けれど、見つけた人の話なら、あっちの方で聞いた覚えがある」
「どなたが見つけたのでしょう」
「さあ。私も子どものころに聞いただけだよ」
宿の主人はすぐに笑った。
「こういう話は、知っていると思って口にすると、途中から何も知らないことに気づく」
ヘルマンはその言葉を聞き、外の山並みを眺めた。
「上流の道なら、途中まで分かります」
「途中から先は?」
「今も同じ道が残っているか、確かめたい」
四人は相談し、川仕事をしている人に案内を頼むことにした。
宿の主人が紹介したのは、河岸の石積みを修理している若い男だった。
彼は仕事を終える昼過ぎなら同行できると言った。
「何か拾いに行くわけじゃないんですね」
最初にそう訊いた。
「ええ。場所を見せていただくだけです」
エリゼーが答える。
「それならいい。知らない人が勝手に石を掘り返すのを、あまり喜ばない家もあるんで」
***
上流への道は、川に沿って続いていた。
ところどころに古い石垣が残り、その上へ新しい石が積み足されている。
道の片側には桑の木が茂っていた。
枝の隙間から水面が光る。
案内人は歩きながら、増水のときに水がどこまで来るか教えてくれた。
「この先の曲がり角は、雨が続くと通れなくなります」
「今日は大丈夫でしょうか」
ジュリアが訊く。
「今日はね。でも帰りが遅くならない方がいい」
ハインツは天気を見上げた。
雲は少なかった。
それでも四人は、帰りの時刻を先に決めた。
旅を始めたころなら、エリゼーはもう少し先へ進みたがったかもしれない。
今は、知りたいことがあるという理由だけで、人に危険を引き受けさせたくなかった。
***
川原へ下りる場所には、大きな柳が一本あった。
根が水に削られ、一部だけ土の外へ出ている。
案内人は立ち止まり、川の向こう岸を指した。
「昔は、あちら側に道があったと聞いています」
「いつごろのことでしょう」
エリゼーが訊く。
「祖父が子どものころには、もう道がなかったそうです」
「石片が見つかったのも、そのころですか」
「それは、どうでしょうね」
案内人は少し考えた。
「私の叔母は、もっと昔だと言っていました。家ごとに話が違うんです」
ジュリアは帳面を取り出しかけたが、まず本人へ尋ねた。
「教えていただいたことを、書いておいてもよろしいですか」
「いいですよ。でも私が見たわけじゃありません」
「そう記します」
彼女はそれ以上、曖昧な年月を数字に直さなかった。
川原には白い石が多かった。
薄茶色の石もある。
その間に、黒ずんだ破片が幾つか転がっていた。
しかし、どれも女主人の家で見た石片と同じものかどうか、判断できなかった。
「似た色の石なら、たくさんありますね」
ハインツが言う。
「ええ」
エリゼーは膝をつきかけ、やめた。
石を拾って裏返してみたところで、分かることは限られている。
それに、この川原は自分たちの調査場ではない。
案内人は、川辺の平たい石へ腰を下ろした。
「子どものころ、ここで魚を捕ったものです」
彼は指で水面を示した。
「向こうの深みには、大きいのがいた。今は流れが変わって、ほとんど来なくなりました」
「川が変わったのですか」
ジュリアが訊く。
「そうです。毎年、少しずつ」
案内人は笑った。
「何年も同じところで暮らしていると、変わったことに気づかないときもあります」
エリゼーは川を眺めた。
水は、何事もなかったように流れている。
古い災厄を語る人々が、この川にも意味を見いだしてきたのだろう。
だが今、水面に映っているのは、午後の空だけだった。
***
帰り道で、ヘルマンが少し遅れた。
エリゼーが振り返ると、彼は川上の山を見ていた。
「何かあるの?」
「この先の道が、故郷の方へ続いていたはずなんだ」
「今は?」
「道そのものは、もう少し東へ移ったらしい」
彼は川原へ目を戻した。
「昔、ここまで来たことがあったかもしれない」
「覚えていないの?」
「小さいころの道って、覚えているようで、別の道を重ねてしまうことがある」
エリゼーは頷いた。
幼い日の自分の故郷を思い出す。
灰に覆われた道。
差し伸べられた手。
その光景を確かに覚えているつもりでも、今そこへ立ったなら、同じ場所を見つけられるだろうか。
ハインツが前から声を掛けた。
「そろそろ戻ろう。案内してくれた人にも仕事がある」
四人は歩き出した。
背後で川の音が続いていた。
見つかったと伝わる場所は、たしかにそこにあった。
しかし、何がそこで見つかったのか。
いつ、誰が拾ったのか。
その答えは、川原を歩いただけでは分からなかった。
石片の発見地点と伝えられる川原を訪れました。
ただし、伝聞の年代や場所を現地の地形だけで確定することはできません。




