第四部 石片の向こう 104 持ち出さぬもの
石片を眺め、写し取り、四人はその家を辞する。小さなものを前にして、持ち去ることだけが知るための方法ではないと気づく。
女主人は石片を布で包み直した。
薄い布の端を二度折り、小さな角を内側へ入れる。
手つきは慣れていた。
特別な儀式をしているようには見えない。
使い終えた針を針箱へ戻すのと、どこか似ていた。
箱の蓋を閉める前に、女主人はもう一度、破片を見た。
その表情に何かを読み取ろうとして、エリゼーはやめた。
記憶を確かめているのかもしれない。
ただ布の端が揃っているか見ただけかもしれない。
「今日はずいぶん、人に見てもらったね」
女主人が言った。
話す相手が四人なのか、箱の中の石なのかは分からなかった。
ジュリアは帳面を膝に置き、姿勢を正した。
「描かせていただいた絵は、約束どおり私たちの手元に留めます」
「そうしておくれ」
「もし、あとで記録として残したくなった場合は、改めてご相談します」
「私がそのころ生きているかどうかは知らないけどね」
女主人が笑う。
ジュリアは返す言葉に困った。
すると女主人は、棚の上に置いた別の箱を指した。
「娘が戻ってくることもある。ここにある物を、私一人の好きにしていいとも思わない」
エリゼーは頷いた。
その家で何が誰に託されているのか。
旅人の自分たちが、短い滞在で決められることではなかった。
***
庭へ出ると、日差しが思ったより強かった。
家の前の石段には、午後の熱が残っている。
ハインツは左手で荷を持ち、右腕を少し曲げたまま歩いた。
「まだ痛む?」
エリゼーが訊く。
「朝よりはいいよ。けれど、重たい箱を持たなくて正解だった」
「明日の道も、無理はしないで」
「うん。必要なら僕から言う」
その答えに、エリゼーは口を閉じた。
心配していることは伝わった。
それ以上、自分が判断を代わる必要はない。
ハインツは彼女の顔を見て、少し笑った。
「君は今、何かを言いかけてやめただろう」
「分かる?」
「分かるときもある」
「以前なら、痛む方の腕を使わないよう、もっと細かく言っていたと思う」
「今も気をつけているよ」
「ええ。それは知っているわ」
二人は並んで、低い石垣の脇を歩いた。
***
宿へ戻る途中、ジュリアは何度も帳面の重さを確かめた。
中には、石片を描いた紙が挟まれている。
ほんの数枚だった。
けれど、今朝家へ向かったときより、荷が重くなった気がした。
「何か心配?」
ヘルマンが訊いた。
「なくしてはいけないと思うと、気になります」
「大事なものを預かったからね」
「石そのものではないのに」
「絵も、見る人によっては石の代わりになるだろう」
ジュリアは立ち止まった。
「そうでしょうか」
「少なくとも、石を見たことのない人には」
ヘルマンは道の先へ目を向けた。
「それを見せられれば、どんなものか知った気になるかもしれない」
ジュリアは帳面の留め紐を結び直した。
彼女自身、教会の記録を扱うとき、写しが手元にあれば原本を見なくても分かったと思うことがあった。
けれど原本の紙の薄さ、訂正の痕、後から足された文字は、写しだけでは伝わらないことがある。
石片の絵も同じなのだろう。
それに、写しが一人で歩いていくこともある。
誰かが描いた図を、別の誰かが写す。
最初の描き手が見落としたものまで、そのまま次の人へ渡っていく。
「帰ったら、帳面の扱いを決めます」
ジュリアが言った。
「今日決めてもいいんじゃないか」
ヘルマンはそう言ってから、すぐに言い直した。
「いや、今夜考える時間があるなら、それでいい」
ジュリアは彼を見た。
「あなたも、先に答えを出したくなることがあるんですね」
「しょっちゅうだよ」
二人は笑った。
***
宿の主人は、四人が戻ると茶を出してくれた。
石片を見てきたと告げると、彼は興味深そうに身を乗り出した。
「どんなものだった?」
ジュリアは帳面へ伸びかけた手を止めた。
絵を見せてほしいと言われたわけではない。
しかし、見せれば話は早い。
彼女は少し考えてから答えた。
「小さな破片でした。表面に細い筋があって、何のためのものかは分かりません」
「古い魔法の道具だって話もあるね」
「そういう話は聞きました」
「違ったのかい」
「分からないんです」
主人は少し残念そうにした。
それでもすぐ、茶の残りを注いでくれた。
「まあ、何にせよ、家の人が大事にしてるなら、それで十分なのかもな」
エリゼーはその言葉に頷きかけた。
けれど、十分ということも、まだ決められなかった。
いつか、あの石片について確かなことが分かるかもしれない。
その可能性を閉ざす必要はない。
ただ、その可能性を理由に、今ある家の意思を越えてよいわけでもなかった。
夜、ジュリアは帳面の最後に一行書き添えた。
「原物は土地の保管者のもとにある」
そして、描いた紙を一枚ずつ確かめた。
紙の中に石片はあった。
本当の石片は、今もあの家の箱にある。
二つは、同じではなかった。
四人は石片を持ち出しません。
写生によって残された情報と、所有者のもとに残る実物を区別しながら、旅を続けます。




