第四部 石片の向こう 101 石片
高台から見下ろした谷には、古い災厄の答えはなかった。
翌日、四人は土地の家々が長く守ってきたものを見せてもらうため、一軒の家を訪れる。
その家の戸口には、乾かした草の束が幾つも吊るされていた。
風が吹くたび、細い茎が触れ合って、かすかな音を立てる。
屋根の低い家だった。
石を積んだ土台の上に木の壁があり、窓の下には割れた鉢が伏せて置かれている。
昨日、高台で出会った男が教えてくれた家である。
訪ねる前に、四人は宿の主人を通じて見学の許しを求めていた。
返ってきたのは、短い伝言だった。
「家の片づけを手伝うなら、昼前に来てもよい」
ヘルマンはその伝言を聞いて笑った。
「この土地らしい言い方だ」
「見せる代わりに働け、ということ?」
ハインツが訊く。
「そういう意味もあるだろうけど、何もしない人を家へ入れるのが落ち着かないんだと思う」
「あなたの故郷も?」
「似ている。少なくとも、昔はね」
その最後の言葉を、エリゼーは聞き留めた。
昔は。
ヘルマンが自分の故郷について語るとき、ときどき時間がそこで途切れる。
けれど、今はまだ尋ねるときではなかった。
***
戸を開けたのは、白髪を後ろで束ねた女性だった。
腕まくりをしたまま四人を見渡し、ヘルマンの靴に付いた泥を見て、まず布を差し出した。
「床に落とす前に拭いておくれ」
「はい」
ヘルマンは素直に従った。
女主人はそれを確かめてから、ようやくエリゼーたちを招き入れた。
家の中には、古い木と乾いた果実の匂いがあった。
壁際の棚には皿、割れた柄の道具、使わなくなった灯火皿が並んでいる。
値打ちのありそうなものは見当たらない。
だが、どの道具にも、捨てずに使ってきた痕跡があった。
「向こうの部屋から箱を運ぶよ。重たいものは男の人に頼もうかね」
「僕は右腕を少し痛めているので、軽いものなら」
ハインツが先に言った。
女主人は彼の腕をちらりと見た。
「痛いところは使わなくていい。箱を開けて、中身を並べておくれ」
その指示には遠慮も同情もなかった。
ハインツはうなずき、低い卓の前へ座った。
エリゼーとジュリアは布に包まれた器を取り出し、種類ごとに置いた。
ヘルマンは庭へ出て、空になった木箱を洗った。
家の中に小さな仕事の音が満ちていく。
***
昼が近づいたころ、女主人は奥から細長い箱を持ってきた。
それまでの箱とは違い、表面に黒ずんだ紐が二重に掛けられている。
「これを見たかったんだろう」
誰もすぐには答えなかった。
女主人は箱を卓に置き、椅子へ腰を下ろした。
「祖母が持っていたものだよ。その前に誰が持っていたかは、聞いたような、聞かなかったような」
「古い災いのあとに拾われたものだと伺いました」
エリゼーが言った。
「そう言う人もいる。けれど、祖母は自分が拾ったとは言わなかった」
女主人は紐を解いた。
蓋の裏に、薄く擦れた跡があった。
何度も開け閉めしたためか、それとも最初から付いていたのか。
箱の中には、生成りの布が一枚敷かれていた。
女主人は布の端をつまんだ。
その下から現れたのは、掌に収まるほどの小さな破片だった。
思っていたよりも薄い。
灰を含んだような鈍い色をしている。
端の一方は丸みを帯び、反対側は不規則に欠けていた。
どこにでも落ちていそうな石にも見えた。
エリゼーは、その平凡さにむしろ戸惑った。
古い災厄の話を聞き、眩い光の伝承を耳にし、遠い丘まで歩いてきた。
その先にあるものを、知らず知らずのうちに特別な姿で思い描いていたのかもしれない。
けれど現実の破片は、何も語らなかった。
女主人は四人の顔を見回した。
「触るのは遠慮しておくれ。壊れやすいかどうかも分からないから」
「もちろんです」
ジュリアが答えた。
「近くから拝見してもよろしいでしょうか」
「卓の向こうへ回るくらいなら」
四人は順に場所を替えた。
エリゼーが身を屈めると、石の表面にごく浅い筋が見えた。
自然のひびにも見える。
だが、いくつかの線は、奇妙に細かった。
「模様でしょうか」
ジュリアが低く言った。
「さあね」
女主人は首を傾げた。
「祖母は、そこが気に入っていたらしいよ」
「どうしてでしょう」
「それも聞かなかった」
女主人の答えは、どこか晴れやかだった。
知らないことを、恥じてもいなかった。
エリゼーは石片から目を上げた。
「長く、大切にされてきたのですね」
「大切というほど、毎日眺めていたわけじゃないよ」
女主人は笑った。
「でも、捨てる理由がなかった。祖母が残したものだからね」
その言葉を聞いて、エリゼーは記録保管室の棚を思い出した。
そこにも、誰かが捨てなかったものが残されている。
ただし、捨てなかった理由が一つであるとは限らない。
女主人は布を掛けず、しばらく四人に見せてくれた。
石片には光も熱も生まれなかった。
部屋の中では、庭から戻ったヘルマンの靴が床板を鳴らしていた。
遠くで鶏が鳴いた。
その何でもない音の中で、エリゼーは石片の欠けた端を見つめた。
そこから先に、かつて何が続いていたのか。
彼女には想像することしかできなかった。
そして今は、想像したものを答えと呼びたくなかった。
石片が初めてその姿を現しました。
しかし、出所も年代も用途も不明です。
まず、長く守ってきた家の人の言葉と、実物の姿を区別して描きました。




