第十四章 見ないでください
産屋を建てると豊玉姫が言ったのは——地上に来て七日目の朝だった。
「もうすぐです。——この子が出てきたがっている」
「分かるのか」
「体の中で動いています。——鵜の羽で葺いた小屋を建てさせてください。海の者の決まりです」
兄が漁師に声をかけて鵜の羽を集めた。三日かけて。産屋が丘の裏側に建ち始めた。母が火をつけた場所の近くに。焼けた跡はもう草に覆われていたが——地面が少しだけ黒かった。
豊玉姫がその場所を見ていた。
「ここで——お母さまが」
「ああ。——ここで燃えた」
豊玉姫が黙った。そして——俺を見た。
「火遠理さま。——一つだけ約束してください」
「何だ」
「産むときの姿を——見ないでください」
「…………」
「海の者は子を産むとき、本来の姿に戻ります。この姿は——変えているだけです。地上の方と同じ形に」
「本来の姿は——どんな」
「見ないでください」
「……見たら、どうなる」
「……海に帰らなければならなくなります。本来の姿を地上の者に見られたら——ここにいられなくなる。掟です」
見なければいる。見たらいなくなる。
「……分かった。見ない」
豊玉姫が微笑んだ。しかし目が笑っていなかった。
産屋が建った。鵜の羽で葺いた小屋。
入口があった。母の産屋には入口がなかった。物理的に入れなかった。豊玉姫の産屋には——入口がある。入ろうと思えば入れる。
約束だけが壁だった。
父のところに行った。
「父上。——母が産屋に火をつけたとき。もし壁が斬れていたら。入口があったら。——見たか」
「…………」
「見ないでいられたか」
父が長く黙った。
「分からない。——見ていたかもしれない」
「…………」
「なぜ聞く」
「豊玉姫に見るなと言われた。産屋に入口がある。——俺は約束した」
「なら守れ」
「…………」
「外で待て。——何が起きても。何が聞こえても」
「……俺にできるか」
「やるかどうかだ。——お前は約束した。俺は約束する前に壁で閉じられた。お前は自分で選べる。その分重い」
選べる分だけ重い。
壁があれば選ぶ必要がない。入口があるから——入らない選択をし続けなければならない。
「……やる」
父が俺を見ていた。信じているかは分からなかった。
夜。産屋の前に座った。
入口から豊玉姫の光が漏れていた。中は見えない。角度が違うから。しかし光は見えた。
懐の花びらを握っていた。母の花びら。
見ないと約束した。
——見ない。




