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叔父のSNSに、私がローンで買った家が写っていた  作者: 空の異変


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7/10

第7話 来週の予定

父の番号は、ブロックしていなかった。


水曜の夜に、その番号から着信があった。


「お母さん、もう退院したよ」


「そう」


「次の日の朝に、自分で手続きして出たって。健吾は来なかったらしい」


窓の下を、自転車のライトが二つ通っていった。


「それと、沙耶さんが子ども連れて実家に戻った。家の話で、健吾と揉めたみたいで」


「うん」


「買ってもらったはずの家なのに、どうして名義が違うんだ、って。……まあ、そりゃそうだよな」


父の相槌は、いつも正しい側に一票を入れてから、何もしない。


「荷物、まだ置いたままらしい。子どもの布団とか」


「……お母さん、パート辞めたそうだ。それで、向こうに移った」


「向こう」


父が黙った。


「叔父さんのところ」


「あそこは私の家だよ」


「……そうだな」


そうだな、で終わる会話を、私は子どものころから何百回も聞いてきた。父はいつも正しいことを言う。


言って、それきりにする。


「智花。話だけでも聞いてやってくれ」


来た、と思った。


「お母さんも、あれで参ってるんだ。カードのことも、急だっただろう。年寄りには急なことは堪えるんだよ」


「お父さん」


「うん」


「それ、誰に言われて電話してる?」


父は答えなかった。換気扇の音が回っていた。


「ごめん」


「その謝り方、この前と同じだよ」


切った。


画面のブロックの項目に、父の番号を入れた。入れてから、電話帳を閉じて、床に置いた。


    *


木曜、仲介の担当者と会った。


媒介契約に印を押した。実印ではなく、認印でいいらしい。


押すとき、朱肉の蓋が机の上で回る。


物件の資料は、現状のままで作ってもらった。庭の野菜も、積んであるガーデンソファも、写真に入っている。


占有している親族がいることは、最初の電話で伝えてある。


買主の候補は、一人だった。


同じ分譲地をずっと探していた人で、現金で支払える。今の居住状況と、明け渡しの条件を聞いたうえで、それでも見たいと言ったらしい。


「先方、こういう事情をご承知のうえで、というのが逆に珍しいんです」


担当者はそう言って、それ以上は詮索しなかった。価格は、同じ条件の売り出しより1割ほど下げた。


その代わり、日程はこちらの都合に合わせてもらう。


買主は、担当者と一緒に外から一周だけ見たらしい。庭の野菜も、積んであるものも、その目で確認したうえで話が進んでいる。


「設備は付けたまま、動かせる家具はどうされますか」


ダイニングテーブルと、照明と、カーテン。ローンの一部で買ったものたちだ。


「置いていきます。どうせ、あの人たちが使っています」


一覧を作って、売買の対象に入れるものと、入れないものに印をつけた。印をつけながら、自分が選んだ布地の名前を思い出そうとして、思い出せなかった。


銀行には金曜に行った。一括返済の予約票に日付を書き入れ、必要書類の一覧を受け取った。


家を親が住む予定で借りたこと、実際には別の親族が住んでいることも、窓口で話した。担当者は手元の紙に何行か書き足して、決済の日程に合わせて処理しましょう、と言った。


引っ越し便は、仲介経由で仮押さえした。前日までならキャンセルできる。


「もし、期限までに出ていただけなかったら」


「決済は延ばします。そういう条件で契約を作りますので」


その足で、弁護士の相談予約も入れた。建物の明け渡しを求める場合、どれくらいかかるか、という質問に、電話口の人は月単位の数字を二つ挙げた。


長い。長いけれど、道はある。


書面の返還通知は、配達記録で届いていた。受取人のサインは、叔父の名前だった。


    *


駐在の申請書は、金曜の夕方に出した。


去年、同じ話を断っている。理由は、両親が高齢だから、と書いた。


今年の書類の同じ欄には、特になし、と書いた。


人事の人は書類を受け取って、時期は選考次第だと言った。ビザの手配と引き継ぎを入れれば、決まってもすぐには出られない、とも。


選考次第です、という言い方を、私はその日から何度か頭の中で繰り返した。去年の私が断ったのは、両親が高齢だから、ではなかったのかもしれない。


断る理由として、それがいちばん通りがよかっただけかもしれない。


    *


その夜、理沙が駅前のカフェに一人連れてきた。


「智花、こちら」


紹介されたのは、私より少し年上の人だった。小劇場でやっている、と理沙が言い、本人は「昼は別で働いてます」と付け足した。


コーヒーが来る前に、紙ナプキンを一枚取って、膝の上で広げて、また畳んだ。手が持て余していた。


「来週の火曜の午前なら、空いてます」


「午後は」


「稽古です。地下の、冷房が効きすぎる部屋で」


理沙が笑った。


「この人、去年は借金取りの役やってたんだよ。30分出ずっぱり」


「25分です。あと、あれは役じゃなくて代役。当日の朝に振られて、台本を電車で覚えました」


「覚えられるものなんですか」


「覚えなくていい台詞を先に捨てると、だいたい入ります」


その言い方が、少し頭に残った。


話しているあいだ、私は必要なことだけを伝えた。場所、時間、それから服装。


「去年のその役の格好で来てもらえますか」


「夏ですよ」


「暑いほうがいいです」


言わないことを選ぶのは、相手が俳優だから楽だった。理由を聞かれない。


何のためですか、を一度も言われなかった。


「一つだけ確認を」


コーヒーが半分になったころ、その人が言った。


「私が言うのは、物件の確認と、ご親族の方ですね、まで。名前も、お金の話もしません」


「それで足ります」


その人は頷いて、カップを置いた。


帰り道、理沙が信号待ちで言った。


「無茶はしないでよ」


「しないよ」


「智花のしないよ、あんまり信用できないんだよね」


「今回はする予定がないの。予定にないことは、しない」


理沙が私の肩を軽く押した。


「火曜、10時半を過ぎたら、私に3回電話して」


「出なくていいの?」


「出ないよ」


改札の前で別れて、ホームに降りたところで、スマホが震えた。


さっきの人からだった。


「火曜、10時に駅前のコンビニの前で」


既読をつけて、画面を伏せた。

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