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叔父のSNSに、私がローンで買った家が写っていた  作者: 空の異変


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4/10

第4話 目を閉じたまま

救急車に一緒に乗ったのは私だった。叔父は自分の車で来ると言い、健吾は玄関に残った。


検査の説明を受けた。書類を書いた。


支払いの窓口に、2度行った。


保証人の欄に自分の名前を書きながら、この手続きは前にもやったな、と思う。母が入院するのは、これで4度目だ。


4度とも、書類を書いたのは私だ。


病室に入ったのは夕方だった。母は目を閉じていて、眠っているのではないと、入ってすぐにわかる。


呼吸の間隔が、起きている人のそれだった。


「お母さん」


返事はない。


唇を結んで、枕に頭を沈めて、まぶたを動かさない。シーツの上に出した手が、指の形だけ整っている。


私は丸椅子に座って、紙コップに水を汲んできて、サイドテーブルに置いた。


    *


この顔を、私は知っている。


小学4年のとき、健吾の誕生日に母が私の三輪車を持っていった。


「もう乗ってないでしょ」


「乗ってないけど」


「じゃあ、いいじゃない」


乗っていないのは本当だったから、私は何も言えなかった。


言えなかったのに、その夜、泣いた。それで母は、3日間、口をきかなかった。


ご飯は作ってくれた。洗濯もしてくれた。


ただ、私のほうを見ない。私が話しかけても、父としか話さない。


「お母さん、ごめんなさい」


3日目の夜に、私はそう言った。


何を謝ったのかは、今でもわからない。それでも母は「わかればいいの」と言って、私の頭を撫でた。


撫でられて、安心した。安心した自分のことを、30歳の私はまだ持て余している。


それから何度も、同じことが起きた。回数を重ねるうちに、私が折れるまでの日数は短くなっていった。


今、ベッドの上のまぶたは、あのときと同じ角度で閉じている。


紙コップの水は、減っていない。


    *


廊下に出て、父に電話をかけた。


3回目でつながった。父の声の後ろで、換気扇のような音が回っていた。


事実だけを順番に話した。庭の野菜、鍵、登記、叔父一家、母が倒れたこと。


話し終わってからも、父は何も言わなかった。私は電話を耳から離して、まだつながっていることを画面で確かめた。


「父さんが悪かった」


それが最初の一言だった。


「あの家に住み始めたときから知ってた。お母さんがまた騒ぐのが嫌で、言わなかった。智花が知らずに払ってるのも、わかってた」


父がこんなに続けて喋るのを、私は初めて聞いたかもしれない。


「定年のあと、再雇用で向こうの工場に回してもらった。単身赴任なら、家にいる時間が減るだろう。……そういう選び方をした」


「うん」


「ごめん」


謝罪は、受け取らなかった。受け取れないのではなく、受け取ったところで何も変わらないからだ。


「お母さん、今日中に検査の結果が出る。何かあったら連絡する」


「智花」


「うん」


「お父さん、行ったほうがいいか」


行ったほうがいいか、と私に聞く。そこが父だった。


「わかんない」


正直に言って、切った。


    *


病室に戻ると、叔父がパイプ椅子に座っていた。


母の目が開いていた。開いているどころか、叔父の言うことにいちいち頷いて、水を飲むかと聞かれて首を振っていた。


「姉さん、無理するなよ」


「うん。邦彦(くにひこ)も、忙しいのにごめんね」


私が座っていた丸椅子は、壁際に寄せられていた。


「智花」


叔父がこちらを向いた。声は穏やかだった。


「お前も大人なんだから、わかるだろう。空いてる家を家族に使わせて、何が悪い。名義は智花のままだろ」


「固定資産税も、ローンも、私が払っています」


「だから名義がお前なんだよ。誰も取ってないじゃないか」


麦茶のコップを置いたときと同じ理屈だ、と思った。健吾は父親と同じ順番で話す。


私は立ち上がった。


「じゃあ叔父さん、家族ですから、叔父さんのところのお金も、置いてあるだけなら私に使わせてください」


叔父の頷きが止まった。


「何を言ってるんだ」


「同じことを言っています」


母がベッドの上で身を起こした。さっきまで目を閉じていた人の起き方ではなかった。


「智花、やめなさい。叔父さんに向かって、何て口の利き方」


「お母さん」


「文句があるならお母さんに言いなさい。お母さんが住んでいいって言ったの。私はあんたを二十何年育てたのよ。命をくれって言ったって、あんたは出すべきなの」


出すべき、という言葉の形が、耳の奥に引っかかった。


「大学の学費、私が借りました」


母が黙った。


「返し終わったのは、家を買う前の年です。家庭教師とチラシ配りで生活費を作りました。合格祝いにもらったスマホは、箱を開ける前に健吾さんのところへ行きました」


「あれは、男の子は彼女と出かけるのに格好がつかないと困るでしょ」


「それは、私が聞いた答えと同じです」


12年経って、一字も変わっていない。


「とにかく、叔父さんに謝りなさい」


母がシーツを握った。


「謝って、住んでていいって言いなさい。それで全部おさまるんだから」


私は丸椅子を壁際から戻して、座らなかった。背もたれに手を置いただけだ。


「謝りません」

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