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叔父のSNSに、私がローンで買った家が写っていた  作者: 空の異変


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3/10

第3話 鍵の合わない玄関

法務局の待合の椅子は、背もたれが高すぎる。


番号札は38番。前に6人いて、そのうち二人は封筒を何度も開け閉めしている。


私も同じことをしていたと、呼ばれてから気づいた。


「土地と建物、両方でよろしいですか」


「両方で。2通ずつお願いします」


土地と建物の登記事項証明書を、窓口で受け取った。


所有者欄には、私の名前と、都内の住所。抵当権の欄には、借りている銀行の名前と、借入の金額。


紙を封筒に戻して、番号札を返却の箱に入れた。プラスチックの角が、箱の中の他の札に当たって鳴った。


    *


分譲地は、一番奥の区画だけ木が育っていた。


門の内側、車庫の壁際に、パラソルとガーデンソファが畳んで積まれていた。ビニール紐で縛って、その上に何かのカバーをかけてある。


カバーの端に、雨水が溜まっていた。


門から玄関までの通路の左。レンガ2段の花壇に、ミニトマトの支柱が4本立っていた。


きゅうりのネットも張ってある。土は黒く湿っていて、今朝も水をやったのだとわかる。


写真と同じだ。同じというより、写真のほうがここだった。


玄関の脇に、子ども用の自転車が2台。うち一台は補助輪が付いている。


その隣に、しぼんだビニールプールが立てかけてあった。


私は鍵を出した。


差し込んで、途中で止まる。少し引いて、回す。


動かない。シリンダーの縁に傷がなくて、そこだけ新しかった。


指先の感覚がなくなって、それから、戻ってきた。


インターホンを押した。


    *


出てきたのは、エプロンをつけた女の人だった。私より少し若い。


「どちらさまですか」


答える前に、奥から男の声がした。


「誰?」


廊下の先から出てきたその人が、こちらを見て足を止めた。


「……智花?」


「健吾くん」


最後に会ったのは、たぶん祖母の法事のときだ。


「智花さん?」


女の人が、健吾と私を見比べて、エプロンの紐を直した。


「妻の沙耶(さや)です。どうぞ、上がってください」


上がらせてもらった。自分の家に、上がらせてもらった。


廊下には子ども用の小さな傘立てと、背の低い靴箱が増えていた。私が選んだダイニングテーブルの上に、ホットプレートと、子ども用の椅子。


壁には保育園のカレンダーが画鋲で留めてある。


窓の桟に、白い粉のような洗剤がこぼれたまま乾いていた。生活の跡というのは、こういう細かいところに出る。


「何年になるの、ここ」


「5年近いじゃん」


健吾はソファに座って、リモコンでエアコンの温度を下げた。


「正月にそっち行ってたの、気づかなかった? おばさんがさ、智花には言うなって。大変な思いして働いてるのに、気ぃ悪くするからって」


「ここ、私が気に入ったんです」


健吾の妻の沙耶が麦茶を持ってきて、テーブルに置いた。


「お義父さんたちが買ってくれて。あのとき、お金を貸してもらえなかったので、自分たちで何とかするしかなくて」


貸してもらえなかった。その言い方が、4年半ぶりに私の耳に届いた。


健吾の結婚のときに断った頭金。そのあとに来た、家を買いなさいという電話。


母がモデルハウスの前で言った、二世帯で使うならこの形がいい、という言葉。


順番が、私の頭の中で並び替わっていく。並び替わったからといって、母が最初からこれを考えていたと、私が知っているわけではない。


知っているのは、順番だけだ。


「智花さあ、まだルームシェアなんだろ」


健吾が麦茶を飲んで、コップを置いた。


「いい大学出てさ、いい会社入ってさ、それで風呂も台所も他人と一緒って、どうなの。俺、勉強はできなかったけどさ」


「結婚しないんだって? だったら、うちの子に残してくれればいいじゃん。面倒は見るよ。2階の納戸、空いてるし」


「納戸って、あの2階の」


「そう。荷物どかせば入るじゃん」


納戸。


私が鞄に手を入れたのは、そのときだ。


    *


玄関が開く音がした。


「智花」


母が靴も脱がずに廊下を上がってきて、私の腕を掴んだ。細い指のわりに、力が強い。


「帰るよ。今すぐ」


その後ろに、叔父が立っていた。何も言わずに、こちらを見ている。


腕を引かれながら、私は鞄から封筒を出した。中の紙を抜いて、テーブルの上に置く。


「この家、私の名義です」


沙耶が紙を取った。健吾が横から覗き込んで、目を上から下に一度動かした。


「所有者、東野智花。私です。買ったのも私。ローンを払っているのも私」


「健吾さん、荷物はいつ出せますか」


くん、と呼ばなかったことに、自分で気づいた。


「7日以内にお願いします。届いた日から7日、と書面でも出します」


「買ってもらったって言ったよね」


沙耶が、紙を持ったまま健吾のほうを向いた。


「どうして名義が違うの?」


「いや、俺も、父さんが買ったって聞いてたんだよ」


「聞いてた、って何」


母が私の手から証明書を取ろうと、身を乗り出した。私は封筒ごと胸のほうへ引いた。


「返しなさい、それ」


母がそう言ったことで、沙耶の顔がもう一度こちらを向いた。


私は片手でスマホを出して、110番を押した。


    *


警察官は二人で来て、玄関先までしか上がらなかった。


私は証明書を見せた。母は自分の身分証を出して、こう言った。


「私が住んでいいって言ったんです。私の弟なんです。この家は娘が親のために買ったんです」


若いほうの警察官が、手帳から顔を上げた。


「お母様がお住まいを許可されたという話になると、使用貸借といった民事のご主張が出てきます。そうなると、登記だけでは今日ここでお引っ越しいただくことはできません」


「そんな」


「ご本人同士でお話がつかない場合は、弁護士さんか、市の相談窓口をご案内する形になります」


年上のほうの警察官が、庭のほうと、廊下の奥を順番に見た。それから母と叔父に、大きな声は出さないように、とだけ言った。


私は自分が何を言うべきか、考えていた。


「所有者として、退去してくださいと言っています。応じていただけない場合は、不退去の主張を含めて書面で出します。期限は日付と時刻を入れて書きます」


声が、思ったより低く出た。


警察官が私の名前と連絡先を控えて、帰っていった。パトカーのドアが2回閉まる音が、門の外から聞こえた。


玄関に、5人が残った。


「智花」


母が私の名前を呼んだ。さっきまでと違う高さの声で、もう一度。


「智花、お母さんの顔を」


言葉の途中で、切れた。


音がして、母が廊下に倒れた。


スリッパが片方、框のところまで滑っていった。


私は膝をついて、母の肩に手を当てた。反応がない。


もう片方の手でスマホを掴んで、画面を見ないまま3つの数字を押した。


「もしもし。人が倒れています。67歳、女性です」


住所を、私は言えた。自分の家の住所だった。

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