第2話 老後のための家
日曜の夜、自分の部屋の床に書類を広げた。
売買契約書、重要事項説明書、返済予定表、登記の封筒。リビングで風呂の湯を落とす音がして、それが終わるまで手を止めた。
この部屋を出れば台所があるけれど、私の台所ではない。8年、ずっとそうだ。
翌朝、上長に有給の申請を出した。火曜から木曜まで。
引き継ぎのメモを作り、2件だけ先に連絡を入れておく。
私用です、とだけ書いた。
*
5年前、母から電話がかかってきたのが最初だった。
「智花、こっちで家を買いなさい」
入社3年目で、年収は600万円。ボーナスを別にすれば、月の手取りは30万円に届かない。
貯金は、同期の中では多いほうだった。
都内で買うつもりだと言うと、母は笑った。
「あんたのお金じゃ、トイレしか買えないでしょ」
迷わなかったわけではない。
私が中学生のころ、叔父の会社が傾いた。母は貯金を下ろし、封筒のまま持っていった。
金額は聞かされていない。
秋に一度だけ、父が聞いた。
「あれ、返してもらえるのか」
「死んでやる」
茶碗を持ったまま、母はそう言った。それきり父は、家で数字の話をしなくなった。
その半年前にも、母から電話が来ていた。従兄の健吾の結婚で、頭金を少し貸してやってくれないか、と。
「無理だよ」
「あんた、貯金あるでしょ」
「あるから無理なの」
理屈になっていない断り方だったが、母はそれ以上言わなかった。家を買いなさいという電話は、そのあとだ。
家は違う、と当時の私は考えた。名義が残るものは、母にも動かせない。
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最初に見たのは、駅から歩いて12分の2LDKだった。母は間取り図を裏返して、書いていない部分を探す顔をした。
「どうせ買うなら、もう少し広くしなさい。お父さんとお母さんも、そのうち行くんだし」
3LDKも見た。母はうなずかない。
最後に連れていかれたのが、分譲地の一番奥のモデルハウスだった。庭付きの2階建て。
1階に部屋が二つ、2階に3つ、それとLDK。台所も浴室もひとつで、二世帯ならこの形がいい、と営業担当が言った。
5000万円台だった。
「この子、大手に勤めてるんです。8年でも10年でも、ちゃんと払いますから」
母がそう言うあいだ、私は資料の一番下の但し書きを読んでいた。
帰りの車で、母が私の手を取る。
「お母さん、一度でいいから、ちゃんとした家に住みたいの」
母の手は、給食センターの洗剤で荒れていた。その荒れ方を、私はその日まで見ないふりをしていた。
私が契約書に名前を書いたのは、その週の日曜だ。
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頭金は貯金を全部出した。変動金利の35年、月々は14万円台になった。
ルームシェアの家賃が一人6万から7万円で、私のほうは6万円台。実家には月3万円を自動送金にして、日用品と光熱費は母に渡した家族カードにした。
残るのは5万円から6万円。そこから食費と、カードの請求と、固定資産税が出ていく。
給料日前の3日間は袋麺だった。生理用品はドラッグストアのプライベートブランドで、服も化粧品も買わなくなった。
週に一度、理沙が私を連れ出して肉を食べさせた。
「智花、それ、栄養失調っていうんだよ」
「予算の問題だよ」
家は設備付きで引き渡された。照明とカーテンと家具は、3回に分けて入れた。
そこまでやって、母は住まなかった。
「まだ足腰が動くうちは、慣れた家のほうがいいでしょ」
「あの家は人に貸しちゃ駄目よ。借りた人は大事にしないんだから」
鍵は母が預かった。近いから、たまに風を通しておく、と言って。
私はそのころ、案件が3つ同時に動いていた。帰省しても実家に泊まり、日曜の夕方の新幹線に乗った。
あの家の玄関を開けないまま、4年半が過ぎている。
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年収は800万円近くまで上がった。仕送りは、自分から5万円に増やした。
固定費は、一円も減っていない。
月曜の昼休みに、駅前の仲介会社に電話をかけた。担当の人は住所と面積を復唱して、同じ分譲地の今の相場を教えてくれた。
「現在、どなたかお住まいですか」
「それを、これから確認します」
「確認、といいますと」
「行ってみます」
夕方、銀行にも電話をした。一括返済に必要な書類と、予約できる最短の日。
繰り上げの受付は前もって連絡が要ると言われ、日付を二つ挙げられた。
メモに書いて、丸をつけた。まだどちらも選んでいない。
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火曜の朝、新幹線に乗った。乗り継いで、在来線で1時間。
凪瀬市の駅を出ると、海の匂いの風が改札まで入ってきていた。
タクシーの後部座席で電話が鳴った。母だった。
「智花、来週そっちに行こうと思って。お母さん、2日休みもらったの」
「主任に嫌な顔されたけど。娘に会いに行くんだから」
「うん」
「お餅、まだあるのよ。お正月の。冷凍してあるから、持っていってあげる」
8月だった。
「いらないよ」
「どうして。ちゃんと冷凍してあるんだから、平気でしょ」
「そういう問題じゃなくて」
「おせちの残りもあるの。黒豆、好きだったでしょ」
好きだったのは、たぶん20年前の話だ。
運転手さんが、ルームミラー越しにこちらを見る。
「お客さん、この先の信号、右でよろしいですか」
しまった、と思ったのは私のほうだった。
電話の向こうが静かになる。
「智花」
「うん」
「今の、どこの人」
「……」
「あんた、こっちに来てるの?」
答える前に、母の声が続いた。
「あの家に行くつもりなの? 智花、聞いてる? 今すぐ実家に来なさい!」
窓の外を、白い塀とゴミ集積所の緑のネットが流れた。
右です、と運転手さんに言った。
それから、通話終了のボタンを押した。




