杭が歴史資産になる
俺が杭から標識になって、どれくらい経ったんだ?
正直、もう分からない。俺には時計もない。
日が昇って、沈む。また日が昇る。
それを何度繰り返したのか。
数年なのか。十年なのか。もっと長いのか。
……考えてみれば、この世界の季節の変化も、いまいち分からない。
雪もまだ見ていない。
まあ、雪が降る地域と降らない地域があるだろうし、この辺りが暖かいだけかもしれない。
そもそも、杭だった俺が季節を気にする必要なんてなかった。
雨が降れば濡れる。晴れれば乾く。
それだけだ。
でも――周囲は少しずつ変わっている。
目の前に建った食事処兼宿。
最初は新築だったのに、今ではそれなりに古くなっている。
木の部分には傷が増え、壁も少しくすんできた。それでも店は、そこそこ繁盛している。
朝から人がやってくる。
昼には賑やかな声が聞こえる。
夜になると、宿泊客らしい人たちが出入りしている。
旅人も多い。商人らしい人もいる。
この街道を通る人が、昔より増えている気がする。
「この宿、昔からあるよな」
「そうね。私が子供の頃には、もうあったわ」
そんな会話も聞こえる。
……昔からある?
俺からすると、ついこの前建ったような感覚なんだけどな。
人間の時間って、俺が思っているよりずっと早く流れているのかもしれない。
そんなことを考えていると――ある日、何人かの人が俺の前に集まってきた。
「この杭も、かなり古いな」
「昔からここにあるって話よね」
「そうそう。村の記録にも残っている」
……俺のことか?
「昔の街道標識の一部だったらしいぞ」
「今じゃ使われてないけど、残しておく価値はあるんじゃないか?」
「確かに。ここまで古いものは珍しいからな」
……。
俺、そんなに古くなったの?
しかも――使われなくなってる?
どうやら街道の道標としては、もう役目を終えていたらしい。
新しい道ができたのか。
それとも、もっと立派な標識が作られたのか。
俺には分からない。でも、俺を撤去する様子はない。むしろ周囲を整えている。
「これは残そう」
「村の歴史を伝えるものだからな」
「後世の人にも見せられるようにしておこう」
……。
なんだか、不思議な気分だ。
俺はただの杭だった。その後、標識になった。
人の役に立てたのかどうかも、まだ自信がない。
でも――俺は今、ここに残されようとしている。
「歴史資産」として……俺、歴史資産になったのか?
まさか、杭として転生して、こんなことになるとは。少しだけ嬉しい。
そして何より――俺はまだ、ここにいられる。
人々の生活を見続けられる。
これなら、また神力を貯められるかもしれない。そう思った、その時。
「…………」
ふと、身体の中にあの感覚があった。
ほゎん。
……まただ。
ほんの少しだけど、何かが増えた気がする。
もしかして――人々に大切にされることでも、神力は貯まるのか?
もしそうなら俺はまだまだ、ここで頑張れる。
……何を頑張るのかは、相変わらず分からないけどな。




