第34話 符合する過去
翌日から、二人はこれまで集めてきた手がかりを改めて整理し直すことにした。
「まず、時系列で並べてみましょう」
ミリィアは雑記帳を広げ、白紙のページにこれまでの断片的な情報を書き出していく。
三十年前のラサレイア滅亡と、先王による生き残りの魔術師の密かな庇護。
王太后の生家であるセイレイン家が危惧した、先王による側妃への過剰な寵愛。
そして十七年前。
その側妃が『原因不明の奇病』で命を落とした出来事。
「同じ頃、私の実の両親も同じように亡くなっています」
ミリィアは、その恐るべき符合を年表の中に自らの手で書き加えた。
「父は当時、宮廷医師でした。ジオーグ殿の話では、父もアシュレイ様のお母上の死因となった奇病について正確な解明ができなかったと」
「もし、君の父親が毒の性質に気づきかけていたのだとすれば」
アシュレイの声が低くなる。
「口を封じられた可能性が高いな……」
その推測に、ミリィアは押し黙った。
生家の隠し部屋で見つけた、乱暴に破り取られていた父の研究記録の最後のページが脳裏をよぎる。
二人はさらに、毒と呪術の関連性を紐解いていった。
マリーナの根と新芽にのみ生じる毒性と、対象の生命力を移し替えるラサレイアの反転陣。
これらを組み合わせれば、毒の作用を遅延させ、極めて自然な病死や衰弱死に見せかける完全犯罪が成立する。
例えば――かつては側妃の命を奪うための高濃度の毒として。
そして今は、王妃を弱らせるための低濃度の毒として。
「同じ技術に通じる者が、十七年の時を超えて両方に関わっているということですね」
「ああ。そして、その技術に通じた術師を当時から今に至るまで囲い込み続けている貴族がいるのだとすれば」
ミリィアは、雑記帳の最後に一つの名を書き記した。
「ゴーシュ家」
その名を見つめながら、アシュレイは首肯する。
「確証にはまだ届かないが、点は随分と線に近づいてきたな。……ただ、ジオーグ殿についてはまだ不透明だ。彼はただの管理官にしては、宮廷の内情に詳しすぎる」
「わかりました。彼についても、もう少し探ってみる必要がありそうですね」
書き連ねられた手がかりの数々を、二人は改めて見つめた。
ラサレイア、呪術陣、マリーナの花、蜂蜜、ゴーシュ家。
そして不透明なジオーグの立ち位置。
「アシュレイ様」
「なんだ?」
「必ず、突き止めましょう。お母上のことも、私の両親のことも」
「ああ。共に暴こう」
★
整理した年表を手に、二人はベルタの執務室を訪れた。
「随分と真剣な顔をして、どうしたんだい」
ベルタは書類仕事の手を止め、二人を交互に見やる。
「父が遺した研究記録に、ある毒の性質についての記述がありました。ですが、その最後のページは破り取られていたのです。父は当時、その毒の正体に辿り着きかけていたのではないかと思いまして。……ベルタ様は、何かご存知ありませんか」
ミリィアが単刀直入に切り出すと、ベルタは長いため息をつき、パイプの煙を吐き出した。
「あんたの父親……エルラインは昔から勘の鋭い男でね。宮廷医師団の中でも随分と異端扱いされていたよ。誰も見向きもしないような地味な症例にまで、しつこく首を突っ込む性質でさ。彼が何かに気づきかけていたことは、あたしも薄々察していた」
立ち昇った紫煙がゆらりと揺れる。
「……亡くなる少し前、随分と思い詰めた様子で『これ以上深追いすれば、家ごと消されるかもしれない』と漏らしていたのを覚えているよ」
ミリィアの手が、強く握りしめられる。
「それでも父は、調べることをやめなかったのですね」
「そういう不器用な男だったからねえ」
ベルタの声には、亡き弟子への深い哀惜が滲んでいた。
沈黙を破り、今度はアシュレイが切り込む。
「ジオーグ殿があなたの弟子になった経緯について、詳しく聞けるだろうか」
その指摘に、ベルタは煙管を止めた。
「あいつの生家は当時、セイレイン家に随分と世話になっていたのさ。あの家の口利きで、ようやく宮廷医師団に潜り込めたという経緯があってね」
その一言に、ミリィアとアシュレイは思わず息を呑んだ。
セイレイン家。王太后の生家であり、かつてアシュレイの母とは対抗する立ち位置にある家門。
「ジオーグ殿は、セイレイン家に恩義があるということですね」
「そういうことになるだろうね」
ベルタは射抜くような目で二人を見据える。
「……あんたたち、十七年前の『原因不明の病』を追っているんだろう? なら、当時の配属も知っておくべきだ。ミリィア、あんたの父親は当時、正妃様――今の王太后様付きの担当医だったんだよ」
ミリィアは弾かれたように顔を上げた。
「そして、ジオーグは……当時の側妃様。アッシュ、お前の母親付きの担当医だったのさ」
その言葉が落ちた瞬間、執務室の空気が凍りついた。
アシュレイの瞳孔が僅かに収縮する。
「……セイレイン家の息がかかったジオーグが、俺の母上の担当医だったと?」
「そういうことさ。そして側妃様が亡くなられた後、ジオーグは『側妃を救えなかった責任』を問われる形で閑職へ追いやられた。ミリィアの父親が不審な死を遂げたのも、その直後のことだ」
ベルタは煙管を灰皿に叩きつけ、苦々しく吐き捨てた。
「偶然にしては、あまりにも出来すぎている。あたしがあの窮屈な宮廷を辞したのも、その気味の悪さに耐えられなくなったからさ。……これ以上は、あたしの口からは言えないよ。後は自分たちで考えな」
★
部屋を辞した後、二人は寒気の漂う廊下を並んで歩いた。
アシュレイはギリッと奥歯を噛み締めた。
「もしジオーグ殿がセイレイン家の意向を汲んで、母上の衰弱を見殺しにしたのだとすれば、彼は共犯者だ」
「ですが、それならなぜ彼は、私たちに協力的なのでしょうか」
「……罪悪感、あるいは復讐心か。彼もまた未知の毒に敗北し、責任を負わされて閑職へ追いやられたからか? かつて自分を敗北させた毒の正体を暴くために……」
敵か、味方か。罪人か、彼もまた悲劇の敗北者か。
「そして、私の父は」
ミリィアは、自分の震える両手を強く握り込んだ。
「正妃付きの医師だったからこそ、側妃への毒殺計画に気づいてしまった。だから、口封じに殺されたのだと、推察されます」
すべての事象が、恐ろしいほどの整合性を持って一つの巨大な陰謀を形作っていく。
「アシュレイ様。私たち、とんでもない禁忌の箱を開けてしまったようです」
「ああ。だが、もう後戻りはできない」
冷たい冬風の吹き抜ける薬草園の廊下で、二人は巨大な闇を前に、互いの存在を確かめ合うように深く頷き合った。




