第30話 裏通りの骨董屋
機会は、思いのほか早くやってきた。
「王都近くの卸問屋まで、ちょいと使いを頼まれてくれないかい」
ベルタが急な用向きを持ちかけてきたのは、王都から戻ってひと月と経たないうちのことだった。
「珍しい薬品の仕入れで。直接受け取りに行ってほしいのさ」
「畏まりました」
ミリィアは、二つ返事でそれを引き受けた。
王都に近い場所まで行けるなら、ちょうどいい機会だった。
アッシュも当然のように同行を申し出る。
とはいえ、フェリカから王都は遠い。
転送門の使用は余程の理由がない限りは許可が下りない筈なのだが、アッシュがどこからか許可証を手に入れてきた。
往路の工程が多少短縮されたのもあって、道中、ミリィアは寄り道を告げ、荒れ果てた元伯爵領の屋敷へと再び足を向けた。
屋敷は、前回訪れた時よりもさらに荒れていた。
だが、それだけではない。
東屋の床、隠し部屋へと続く仕掛けの周辺が乱雑に荒らされていた。
石畳が剥がされ、土が掘り返された跡もある。
以前あの場所から持ち出した木箱の跡地には何も残されていなかったが、その周囲には明らかに新しく誰かが手をつけた形跡があった。
「――何者かが、ここに」
アッシュの声にも緊張が滲む。
「私たちが、あの隠し部屋を見つけたことを知っている者がいるということですね」
「誰かが、後をつけていたか。あるいは」
その先を、アッシュは言葉にしなかった。
だが、ミリィアの中にも同じ疑念が浮かんでいる。
(見張られているのかもしれません)
荒らされた跡の生々しさが、それを裏付けているようだった。
「まあ今は、深追いはやめておこう」
アッシュがそう促し、二人はそれ以上屋敷に長居することなく馬車へと戻った。
だがその日の夕暮れ、街道を外れた林道に差し掛かったところで、馬車は再び足止めを食らうことになった。
「――何者だ」
御者の強張った声。
道の先に、数人の男たちが粗末な得物を手に立ち塞がっている。
以前遭遇した統率の取れた一団とは、また違う空気だった。
「大人しく荷物を置いていけば、痛い目には遭わせねえ」
その言葉に、ミリィアは冷静に分析した。
(恐らく、ただの野盗の類)
アッシュは息を吐き出すと、身軽に馬車を降りた。
「あまり手荒な真似は、したくないんだがな」
そう言いながら彼は、腰の道具袋から手早く数本の針――治癒師が携帯する麻痺毒を塗った治療用の針――を取り出す。
それを迷いのない手つきで、男たちの得物を持つ腕へと次々に投げつけていった。
「――っ、腕が!」
男たちが次々と得物を取り落とし、痺れた腕を押さえてよろめく。
アッシュはその隙に素早く距離を詰めると、体術だけで二人を地面に組み伏せた。
あっという間の出来事だった。
統率もない野盗たちはあっさりと戦意を失い、我先にと逃げ出していく。
「怪我はないか」
「ありません。……随分と、手慣れていますね」
「多少、心得があるだけさ」
いつもの、はぐらかすような答えを耳に、馬車に戻ろうとした、その時。
林の奥、逃げ遅れた一人の男が、隠し持っていたらしい小型の弩をアッシュの背に向けて構えていた。
「――アッシュさん!」
ミリィアが叫んだ瞬間、アッシュは振り返りざまに右手を軽く掲げた。
その掌にごく小さな、淡い光の粒が生まれる。
それは瞬きの間に細い光の筋となって放たれ、男の手にした弩を正確に弾き飛ばした。
「――っ!?」
男は悲鳴を上げ、そのまま怯えて逃げ出していった。
残されたミリィアは、その一部始終を瞬きも忘れて見つめていた。
(今の、光)
「やっぱり、何度見ても綺麗ですね。アッシュさんの魔力。光属性の」
ミリィアが素直な感嘆を漏らすと、アッシュは慌てて隠すような素振りも見せず、堂々とした態度で振り返った。
「そうか? まあ、こんな風に荒事を片付けるには便利な力だとは思うが」
「稀少な属性を、荒事に使うなんて贅沢な話です」
「遠縁の血筋のせいでね。色々と複雑な事情がある」
アッシュは苦笑いをしながら、あっさりと肩をすくめた。
彼がただの治癒師ではないことは、ミリィアもとうに気づいている。
馬車が再び走り出す中、ミリィアは思考の波間に沈んでいく。
隣に座るアッシュの横顔には、いつもより幾分か硬い緊張の色が滲んでいた。
★
卸問屋での用事は、拍子抜けするほどすぐに片付いた。
「フェリカ薬草研究院のベルタ様からのご依頼ですね。荷は既に纏めてございます」
手続きを終え、荷を受け取ると、ミリィアはそれを馬車に積み込みながら、隣のアッシュを時折横目でちらりと窺っていた。
卸問屋での用事を済ませると、二人は行商人に教えられた王都の裏通りへと足を向けた。
その一角は、表通りの賑やかさとは打って変わって薄暗く、人気も少ない。
看板もろくに掲げられていない古びた店構えの一軒が、目当ての場所だった。
扉を開けると、埃と古い木材の匂いが立ち込めていた。
所狭しと並べられた棚には、素性の知れない骨董品や、異国渡りと思しき道具類が雑然と詰め込まれている。
「いらっしゃい」
奥から現れたのは、小柄で皺の深い老人だ。
値踏みするような目つきで二人を一瞥する。
「珍しいお客だね。……何をお探しかな」
「こちらのアミュレットの出所について伺いたいのですが」
ミリィアが買い取った品を差し出すと、老爺の目つきが僅かに変わった。
「――ほう。これをどこで」
「行商人からです。旧ラサレイアの遺物だと伺いました」
続けてミリィアが口にした言葉に、老爺の目つきが鋭さを増す。
「つかぬことをお伺いしますが、当時の生き残りの魔術師について、何かご存知ではありませんか」
老爺は無言で二人を見つめていた。
それから息を吐き、店の奥へと視線をやる。
「少し長い話になる。座って聞くかい」
その誘いに、ミリィアとアッシュは顔を見合わせ、首肯した。
薄暗い店の奥、埃を被った異国の品々に囲まれながら、老爺はゆっくりと語り始めた。
「ラサレイアが滅びた時、生き残った魔術師たちは散り散りにあちこちの国へと流れていった。……魔術に絡んだ品も共にね。ただ、一つだけ言えるのは、東方の魔術品や関連書物を不自然なほど大量に買い集めていた家門があるということだ」
「家門、だと?」
「ああ。表向きは文化保護を名乗っていたがね。その貴族の家紋には、二匹の蛇が絡み合う意匠が使われていたらしい」
その一言に、店内の空気が張り詰めた。
(二匹の蛇――ゴーシュ家の家紋か!)
アッシュは息を呑んだ。
店を辞去した後、ミリィアとアッシュはしばらく無言で裏通りを歩いた。
「双蛇の家紋。ゴーシュ家ですね」
ミリィアが落ち着いた声で呟く。
今や宮廷を牛耳る筆頭貴族である彼らが、旧ラサレイアの禁書を大量に囲い込んでいるという黒い噂。
予想など、とうについていた。
得たかったのは、それらを裏付ける確証だ。




