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# 第六話 会合

 ガーズの後ろを、六人が歩いた。




 砂と石が踏み固められた道が、家々の間を縫っている。朝の漁村は動いていた。浜で網を繕う男、桶を運ぶ女、家の前で魚を干す老人。




 六人が通ると、手が止まった。遠巻きに見ている。声をかけてくる者はいなかった。




 凪が誉の袖を握った。誉は前を向いたまま、凪の手に自分の手を重ねた。




 八千代は杖をつきながら歩いていた。ガーズが何度か振り返って歩調を合わせた。八千代は「大丈夫よ」と言ったが、息が上がっていた。




 集落の奥に、少し大きな建物があった。入口に布の暖簾が垂れている。




「ここだ」




 ガーズが暖簾を持ち上げた。




---




 土間に木の長椅子が並んでいる。奥の低い台に、ユネイラが座っていた。腕を組んでいる。昨日と同じ鋭い目だった。




 左に老人が一人。七十を超えているだろう。痩せていて、目が細い。笑っているようにも、眠っているようにも見えた。




 右に女が一人。四十代。ユネイラより小柄だが、肩に力が入っていた。腕を組んで、六人を見ていた。




 入口の近くに少年が立っていた。十代の後半。日焼けした肌に、短く刈った髪。六人を値踏みするような目で見ていた。




 ガーズは六人を長椅子に座らせると、自分はユネイラの後ろに立った。背筋が伸びていた。腕を組まず、両手を体の横に下ろしている。朝すれ違った漁師たちとは、違う立ち方だった。




 ユネイラが口を開いた。




「昨日は話が途中だった。改めて訊く。——あんたたちは何者だ」




 硬矢は大庭を見た。大庭は小さく頷いた。




「俺たちは、別の世界から来ました」




 老人の目が、少しだけ開いた。右の女の眉が寄った。少年は表情を変えなかった。




「別の世界」




 ユネイラが繰り返した。




「はい。俺たちがいた場所は、ここではありません。海も、空も、土地も違います。気がついたら、店ごとここにいました。なぜ来たのか、どうやって来たのか、分かりません。——あの店は、祖父の店です」




 硬矢は大庭の方に顎を向けた。ユネイラの目が大庭に移った。




 大庭は何も言わなかった。ただ、小さく頭を下げた。




 硬矢は言葉を選ばなかった。嘘をつく材料がなかった。




 右の女が口を開いた。




「信じろと言うのか」




「ミヤイナ」




 ユネイラが名前を呼んだ。制止ではなかった。続けろ、という意味だった。




 ミヤイナは腕を組んだまま、硬矢を見た。




「別の世界。聞いたこともない。あんたたちがどこから来たか知らないが、得体の知れない者が六人、村にいる。それだけが事実だ」




 硬矢は何も言わなかった。ミヤイナの言葉は正しかった。




「うちは百人の村だ。漁で暮らしている。今年は不漁が続いている。食い扶持が六人増えるのは、軽い話じゃない」




 ミヤイナの目が、八千代と凪に向いた。




「何ができるかも分からない。漁もできない。この土地のことも知らない。善意で受け入れて、もし何かあったら——百人の暮らしを誰が守る」




 誉が何か言いかけて、口を閉じた。




 入口の少年が、一歩前に出た。




「ザートだ」




 硬矢を見ていた。




「俺はこの村の子供たちをまとめている。十より下の子供が十二人いる」




 一度言葉を切った。




「村には村のやり方がある。あんたたちが何をするにしても、子供たちの悪い見本にはならないでほしい」




 硬矢は頷いた。




「気をつけます」




 ザートは小さく顎を引いた。




 老人が、ゆっくりと口を開いた。




「アーキだ。年寄りの代表みたいなもんだ」




 声は枯れていたが、穏やかだった。




「別の世界、ねえ」




 アーキは六人を順に見た。




「ここはシャンリアナという国でな。ゼスは、その中の小さな漁村だ。王都はウィステリアと言う。だが、ここから出る小さな船では遠くて行けん」




「ただ、海路なら、ここから近くにオーヴホールという街がある。大きな街だ。知識も、記録も、色々と残っておる。——あんたたちの話が本当なら、あそこなら何か聞けるかもしれんね」




 硬矢は少し前に身を乗り出した。




「船を出してもらうことは、できますか」




 ミヤイナが即座に答えた。




「無理だ。不漁が続いている。船は全部漁に使っている。余らせる船はない」




 硬矢は黙った。ミヤイナの言葉に反論する材料がなかった。




「……他に、方法はありませんか」




 アーキが顎を撫でた。




「山越えの道がある。丘陵地帯を抜けて、五日ほど歩けば着く。道は整備されとらんが、歩けんことはない」




 信じたわけではなかった。ただ、道を一つ示した。




 ユネイラが腕を解いた。




「ミヤイナ」




「何だ」




「お前の言うことは、もっともだ」




 ミヤイナが少し驚いた顔をした。




「不漁が続いている。食い扶持が増える。何ができるか分からない。全部その通りだ」




 ユネイラはミヤイナを見たまま言った。




「だが——何も分からない人間を、見捨てるほど心の狭い村でもないだろう」




 ミヤイナは目を逸らさなかった。何も言わなかった。




 ユネイラが六人に向き直った。




「働け」




 短かった。




「この村で食うなら、この村のために動け。漁の手伝い、酒場の手伝い、宿場の手伝い。何でもいい。——で、あんたたちは何ができる」




 硬矢が答えた。




「俺は力仕事ならできます。漁のことは分かりませんが、覚えます」




 ミヤイナが口を挟んだ。




「漁は覚えればできるようなもんじゃない。潮を読む。風を読む。魚の動きを読む。何年もかかる」




「荷運びくらいなら使えるかもしれないが」




 ミヤイナの目が大庭に向いた。




「あんたは」




「飲食店をやっていました。三十年ほど。料理と、接客と、仕入れの管理が仕事でした」




 ミヤイナの眉が少し動いた。




「酒場の手伝いなら、明日からでもできます」




 誉が手を挙げた。




「私は体力はあります。走るのも得意です。人の世話は慣れてます」




 ミヤイナの目が凪に向いた。




「その子は」




 誉が言いかけた。凪が誉の袖を引いた。




「……私は、あまり力がないです。でも、細かい作業は得意です。網の繕いとか、そういうことなら」




 声が小さかった。でも、目は逸らさなかった。




 梓乃が一歩前に出た。




「私は大学で文化人類学を学んでいました。この土地のことを知りたいです。記録を取ること、整理すること、調べることならできます」




 ミヤイナの目が細くなった。




「学問か。腹の足しにはならんな」




「はい。すぐには役に立てません。でも、この土地のことを知らなければ、役に立つこともできません」




 ミヤイナは梓乃を見ていた。少しだけ、目の硬さが緩んだ。




 八千代が杖を持ち直した。




「私は年寄りだから、大したことはできないけれど——魚は捌けるわよ。煮物も焼き物も、一通りはね」




 ガーズが後ろから口を添えた。




「酒場のタミーラが、手が足りないと言っていた。料理ができるなら助かる」




 ユネイラが頷いた。




「決まりだ。明日から動け。ガーズ、割り振りを頼む」




「分かった」




 会合が終わりかけた時、ユネイラが八千代を見た。




「——あんた、足が悪いな」




 八千代は少し笑った。




「昔からよ。歳を取ると余計にね」




「あの建物まで毎日通うのは辛いだろう。うちに客間がある。女三人はうちに泊まればいい」




 凪が驚いた顔をした。梓乃も目を上げた。




 ミヤイナが口を開きかけた。ユネイラが先に言った。




「襲うやつなんていないよ。この村にはな」




 ミヤイナは口を閉じた。




 八千代が頭を下げた。




「ありがとう。甘えさせてもらうわね」




 誉が一歩前に出た。




「俺も——凪のそばにいたいんですが」




 ユネイラが誉と凪を見た。少し間があった。




 ザートが口を開いた。




「年、近いだろ。俺んちに来い」




 誉が振り向いた。ザートは腕を組んだまま、壁に背を預けていた。




「面倒見てやる。村のことも教えてやるから」




 誉は凪を見た。凪は小さく笑った。




「大丈夫だよ」




 誉は少し迷って、頷いた。




「……よろしくお願いします」




 ザートは顎を引いただけだった。




---




 外に出ると、朝の光が眩しかった。




 八千代と凪と梓乃はユネイラの家へ。誉はザートについて行った。




 梓乃が少しだけ足を止めた。硬矢の方を振り返った。




「大庭さんのお孫さんだったんですね」




 硬矢は一瞬、間を置いた。




「ああ」




 梓乃は小さく頷いた。




「道理で。お店での距離感が、ただの店主と店員さんじゃなかったから」




 それだけ言って、ユネイラの背中を追った。




 南の小路へ歩いたのは、硬矢と大庭の二人だけだった。




 しばらく無言で歩いた。草地が見えてきた頃、硬矢が口を開いた。




「じいちゃん。オーヴホール——山越えで五日か。行かないとな」




 言ってから、気づいた。




 店では「店長」と呼んでいた。十年間ずっとそうだった。祖父の店を手伝う時は「店長」。それが硬矢の中の線引きだった。




 でも今、口から出たのは「じいちゃん」だった。ここは店じゃない。東京でもない。異世界の草地を二人で歩いている。——店長と店員じゃなくて、祖父と孫だった。




 大庭は前を向いたまま答えた。




「お前は行きたいのか」




「手がかりがあるなら、行くべきだろ。なんで来たのか、帰れるのか——何も分からないままじゃ」




 大庭は少し間を置いた。




「俺は行かんよ」




 硬矢が足を止めた。




「南の小路がある」




 大庭の声は静かだった。




「三十年やってきた店だ。ここにある。俺が離れるわけにはいかん」




 硬矢は何か言いかけて、やめた。大庭の目を見て、言葉にならないことが分かった。




 南の小路が見えてきた。草地の上に建つ小さな喫茶店。ガラス戸に「南の小路」の文字。




 大庭が先に歩いて、ガラス戸を開けた。ベルが鳴った。




 大庭はカウンターの中に入った。エプロンを手に取った。三十年間、毎朝繰り返してきた動き。




「水を出す」




 グラスを二つ並べた。




 硬矢はカウンターに座った。水を一口飲んだ。




 居場所は、まだなかった。




 でも、追い出されなかった。

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