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# 第三十三話 調査隊

 入江が見えた。




 船首から身を乗り出した。半日の航海だった。風が良かった。帆が膨らんだまま、船は南へ走り続けた。




 いつもと同じ景色だった。丘陵の稜線。浜に引き上げられた船。干し網の影。煙は三本。朝の炊事と、干物の燻し。いつもの数だった。




 だが——音が違った。




 風に混じって、金属の音が聞こえた。




 硬矢は耳を澄ませた。遠かった。だが、聞き間違いではなかった。硬い音。何かがぶつかる音。




 剣の音だった。




 誉が隣に来た。




「……聞こえる?」




「ああ」




 凪が船縁に手をかけた。風が髪を揺らしていた。目が、丘陵の向こうを見ていた。




「——嫌な感じがする」




 凪の声は小さかった。だが、硬矢は聞いた。凪の直感は当たる。一ヶ月で、それを何度も見た。




 梓乃が立ち上がった。鞄を肩にかけた。




 ディアンは船室の入口に立っていた。音を聞いていた。何も言わなかった。




---




 商人が舵を握っていた。顔が強張っていた。




 入江に近づくにつれて、音が大きくなった。剣の音に、怒号が混じった。




「——降りろ。今すぐ降りろ」




 商人の声が変わっていた。




「俺はここで出る。巻き込まれたくない」




 硬矢は頷いた。五人は船を降りた。足が砂を踏んだ。浜に人はいなかった。




 振り返ると、商人は帆を上げていた。船が入江を出ていった。




---




 走った。




 浜から村への坂を駆け上がった。剣の音が近づいた。




 広場が見えた。




 硬矢は足を止めた。




 六人の男たちがいた。




 見たことのない装備だった。軽装だが、質が違った。革と金属の混合。動きやすさを優先した造り。腰に剣を帯びている。統一された装備ではなかった。それぞれが自分の得物を持っていた。冒険者だった。




 ——ウェインが言っていた。六人。えらく強そうな連中。




 広場の中央で、戦闘が起きていた。




---




 二つの戦いが、広場を分けていた。




 ガーズがいた。




 一人の男と向き合っていた。男は六人の中で最も体格が大きかった。剣が長い。構えが深い。隊長格だった。




 ガーズの剣は、硬矢が見たことのない速さで動いていた。陸では穏やかで優しい男。剣を握ると構えが変わる。コーウェンが言っていた。「最も無駄のない剣」。今、それを見ていた。




 隊長格も強かった。ガーズの剣を受け、流し、返していた。互角か、それに近かった。火花が散っていた。




 その隣で、ユネイラが戦っていた。




 相手は副隊長格の男だった。ユネイラは漁で使う長い銛を持っていた。突き、払い、間合いを取る。副隊長の剣を銛の柄で弾いた。だが、押されていた。銛は剣には向かない。それでもユネイラは退かなかった。目が据わっていた。村長の目だった。




---




 広場の手前で、別の戦いがあった。




 村の男たちが八人、二人の調査隊員と戦っていた。




 漁師たちだった。棒や鉈を持っていた。体は大きかった。海で鍛えた腕だった。だが、相手が違った。




 一人の調査隊員に、五人がかりで向かっていた。棒を振った。鉈を振り下ろした。届かなかった。調査隊員は涼しい顔だった。棒を払い、鉈を弾き、踏み込んできた漁師の腕を打った。峰打ちだった。だが、骨が軋む音がした。漁師が膝をついた。




 もう一人が横から突いた。調査隊員は半歩ずれた。突きが空を切った。返す手で、漁師の脇腹を打った。漁師が倒れた。動けなかった。




 残り三人が囲んだ。だが、調査隊員は息すら乱れていなかった。




 反対側では、もう一人の調査隊員が三人の漁師と向き合っていた。こちらも押されていた。漁師の一人が棒を振り上げた。調査隊員が踏み込んだ。棒ごと漁師を押し倒した。




 残りの二人は、広場の端で様子を見ていた。腕を組んでいた。戦う気はなかった。見ていた。




---




 硬矢は広場の手前で止まった。




 家の陰にヨルグがいた。




「ヨルグさん」




 ヨルグが振り返った。顔が青かった。




「硬矢——帰ってきたのか」




「何があった」




「朝だ。船で来た。六人。——ジェネラル級リザードマンを倒した戦士がこの村にいると聞いた、と」




 ヨルグは息を切らしていた。




「隊長がユネイラに言った。実力を見せろ、と。本気で戦わなければ、それが分かる。分かれば、本国に驚異ありと報告させてもらうぞ、と」




「——本国って」




「サマクガルドだ。ガーズさんが、装備を見て言ってた。『あれはサマクガルドの調査隊だ』って」




「ユネイラは断った。だが、隊長が言った。『断るなら、こちらで確かめる』と。ガーズが前に出た。そこから止まらなくなった」




 硬矢は広場を見た。




 漁師が三人、倒れていた。動けなかった。腕を押さえている者。脇腹を抱えている者。膝を折ったまま立てない者。殺されてはいなかった。だが、重かった。骨が折れている。何ヶ月も漁に出られない。漁村で漁に出られないのは、生活が壊れるのと同じだった。




 残りの五人が、まだ立っていた。棒を握っていた。手が震えていた。だが、退かなかった。




---




 五人がかりで向かっていた漁師の、もう一人が倒された。肩を打たれた。腕が下がった。棒が落ちた。




 四人になった。




 調査隊員が剣を構え直した。息が乱れていなかった。




 硬矢は一歩前に出た。




「誉」




「おう」




 誉が前に出た。腰の剣を抜いた。ウィステリアで買った練習用の剣。刃はついていない。だが、鉄だった。




「凪」




「うん」




 凪が杖を構えた。魔石が淡く光った。




 梓乃が硬矢の横に立った。




 一ヶ月。ウィステリアで毎日やったことがあった。走ること。木剣を振ること。集団で動くこと。




 門弟との集団戦闘では一方的だった。三回倒された。四回倒された。一発も当たらなかった。




 だが、四人で動く形は、体に入っていた。




「誉、前。凪、右から水。梓乃さん、左に回って」




 硬矢の声は低かった。指示は短かった。




 調査隊員が硬矢たちを見た。漁師を五人あしらった後だった。汗ひとつかいていなかった。




「——子供か。何の用だ」




 踏み込まれた。




 誉が受けた。刃のない剣で、調査隊員の剣を弾いた。弾けなかった。押された。だが、足が踏ん張った。ガーズに教わった足の幅。膝の角度。重心の位置。




 凪が右から水弾を撃った。調査隊員の顔の横を掠めた。当たらなかった。だが、調査隊員の目がそちらに動いた。




 その隙に誉が押し返した。一歩。




 調査隊員が目を細めた。




「——素人だな。だが、動きが揃ってる」




 勝てなかった。だが、崩れなかった。




 誉が前で受け、凪が横から撃ち、梓乃が反対側に回って調査隊員の視界を散らした。硬矢が後ろから声を出した。




「誉、下がれ。凪、もう一発」




 水弾が飛んだ。今度は調査隊員の足元に当たった。地面が濡れた。足が滑った。




 誉が踏み込んだ。剣を振った。調査隊員の腕に当たった。刃がないから切れない。だが、鉄の重さが腕を打った。




 調査隊員が顔をしかめた。




「——面倒な連中だ」




 誉の息が上がっていた。肩が揺れていた。剣を握る手が震えていた。




 硬矢は見ていた。限界が近かった。




「代われ」




「は?」




 硬矢はもう前に出ていた。腰の剣を抜いた。ガーズが「持っていけ」と渡してくれた剣。誉の小剣より長く、刃が厚い。




 調査隊員が硬矢の構えを見た。




「——持ち方で分かる。素人だな」




 踏み込まれた。硬矢は受けた。腕が痺れた。膝が折れそうになった。だが、足の幅を変えなかった。ガーズに教わった幅。膝の角度。歯を食いしばって、受けた。




 一合。




 凪が水弾を撃った。調査隊員の肩に当たった。よろめいた。




 二合。




 梓乃が左に回った。調査隊員の視界の端に入った。目が動いた。




 三合。




 それが限界だった。調査隊員の剣が硬矢の剣を弾いた。手から剣が飛んだ。




「——終わりだ」




 調査隊員が剣を振り上げた。峰打ちだった。だが、当たれば動けなくなる。




「戻る」




 誉だった。硬矢の前に入った。息を整えていた。構え直していた。剣を両手で握っていた。さっきより、足が広かった。




 誉が調査隊員の剣を受けた。今度は弾かれなかった。




 調査隊員が一歩引いた。初めてだった。




 だが、もう一人の調査隊員が近づいてきた。村民を押し込んだ後だった。二対四。




 硬矢は地面に落ちた剣を拾った。手が痺れていた。一人でも厳しい。二人は無理だ。




---




 その時、足音が聞こえた。




 広場の奥から。南の小路の方から。




 大庭仁が歩いてきた。




 エプロンをつけていた。手に布巾を持っていた。いつもと同じだった。




 歩調は変わらなかった。急いでいなかった。走っていなかった。七十六歳の足で、いつもと同じ速さで、広場に向かって歩いていた。




 大庭が広場に入った。




 空気が変わった。




 硬矢の前にいた調査隊員の剣が、止まった。振り上げたまま、止まった。




 調査隊員は自分の手を見た。腕が動かなかった。理由は、なかった。




 広場の反対側でも、動きが鈍った。振り上げた剣が下りない。踏み込もうとした足が止まる。




 戦闘が、静かに止まっていった。




---




 最後まで動いていたのは、ガーズとユネイラだった。




 ガーズの剣と隊長の剣がぶつかっていた。火花が散っていた。ユネイラの銛が副隊長の剣を弾いていた。




 大庭が近づいた。十歩。五歩。




 ガーズの剣が止まった。隊長の剣も止まった。




 ユネイラが銛を下ろした。副隊長が剣を鞘に戻した。




 誰も、理由を持っていなかった。




 ただ、止まった。




---




 隊長格の男が、大庭を見た。




 エプロンをつけた老人。布巾を持っている。武器はない。鎧もない。




「——誰だ、お前は」




 大庭は答えなかった。




 カウンターを拭くように、布巾を畳んだ。エプロンのポケットにしまった。




 それから、隊長を見た。




「店をやっている」




 短かった。それだけだった。




 隊長は眉をひそめた。店。この場で、この老人が言う言葉がそれなのか。だが、剣を抜く気にはならなかった。




 ユネイラが前に出た。銛を地面に突き立てた。




「——話がしたいなら、場所を変える。ここじゃない」




 ユネイラの声は太かった。だが、怒りは抑えていた。




 隊長は周囲を見た。部下たちが立ち尽くしていた。剣を構えている者はいなかった。




「……いいだろう」




 ユネイラが振り返った。大庭を見た。大庭は頷いた。




「うちで」




 南の小路。




 ユネイラが歩き出した。ガーズが剣を鞘に戻して、その後ろについた。隊長と副隊長が続いた。




 硬矢は立ったまま、大庭の背中を見ていた。




 エプロンの背中。布巾のポケット。いつもと同じ背中だった。




 ——じいちゃん。




 声には出さなかった。ただ、荷物の中の布袋に手を触れた。二つあった。乾いたバタタのヒゲ。大麦の実。どちらも百杯分。




 土産がある。でも、今じゃない。




 硬矢は歩き出した。南の小路に向かって。

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