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# 第二十話 水

 翌朝。




 四人でギルドに行った。




 受付で凪の適性を報告した。受付の女が凪のギルドカードを受け取った。裏面に何かを刻んだ。




「魔法適性:水。登録完了です」




 カードを返した。凪が裏面を見た。小さな紋章が増えていた。




「——教習所はギルドの裏手にあります。基礎の練習ができます。使用料は銅貨三枚」




 硬矢は頷いた。




「その前に、杖を」




 受付の女が少し驚いた顔をした。




「魔石屋は港の手前にあります。杖の取り扱いもあるはずです」




---




 魔石屋は小さな店だった。石造りの壁。木の扉。看板に魔石の絵が描いてあった。




 中に入ると、棚に魔石が並んでいた。大きさも色も様々だった。奥のカウンターに店主がいた。痩せた老人だった。眼鏡をかけていた。




「杖が欲しい」




 硬矢が言った。




「オーダーか、出来合いか」




「出来合いで」




 老人は棚の奥から杖を数本持ってきた。木の杖。長さは腕の長さほど。先端に魔石をはめ込む窪みがあった。




「魔石は何個つける」




「一個」




「初心者か」




「ああ」




 老人は一本を選んだ。白い木の杖。軽かった。先端の窪みが一つ。




「これなら銀貨五枚。魔石の取り付けは銅貨十枚」




 硬矢は財布を出した。銀貨を数えた。




 凪が魔石を出した。イザーナにもらった、小さな水色の石。老人が受け取った。眼鏡越しに石を見た。




「……クズだな。純度一。だが——」




 凪の眉が少し動いた。イザーナがくれた石だった。




 老人は気にせず、石を窪みにはめた。ぴたりと収まった。




「——収まりはいい。相性だけは悪くない」




 凪が杖を受け取った。軽かった。手に馴染んだ。先端の水色の石が、微かに光った気がした。




---




 ギルドの裏手に教習所があった。




 石の壁に囲まれた広場だった。的が三つ並んでいた。藁を束ねたもの。地面は土だった。水を撒いた跡があった。




 他に誰もいなかった。




 硬矢が凪を見た。




「俺と梓乃は買い出しに行く。旅の準備がいる」




 誉が手を挙げた。




「俺は残る」




 凪が誉を見た。誉は笑った。




「見届けるよ」




 硬矢は頷いた。パンと水の入った袋を誉に渡した。




「昼はこれで」




 硬矢と梓乃が出て行った。教習所に、誉と凪が残った。




---




 凪が杖を構えた。両手で持った。的に向けた。




「……どうすればいいんだろう」




 誉はイザーナに聞いた説明を思い出した。




「魔石に意識を向ける。水を押し出すイメージ。力を込めるんじゃなくて、流す感覚だって」




 凪は目を閉じた。杖の先端に意識を向けた。




 何も起きなかった。




 もう一度。目を閉じた。息を吐いた。水を思い浮かべた。川の水。海の水。コップの水。蛇口から出る水。




 何も起きなかった。




 誉が腕を組んで見ていた。何も言わなかった。




 凪はもう一度、杖を構えた。




 今度は何も考えなかった。ただ、手の中の石を感じた。小さくて、冷たくて、でも自分が選んだ石だった。




 押し出す。




 杖の先端から、水が弾けた。




 小さかった。コップ一杯分もなかった。的には届かなかった。地面に水たまりができただけだった。




「——出た」




 誉が言った。




 凪は杖を見た。先端の魔石が、さっきより少し暗くなっていた。瞬発型。一度出したら、しばらく溜まるまで使えない。




「出た……」




 凪が呟いた。自分の手を見た。杖を見た。地面の水たまりを見た。




「出たよ、誉」




 声が震えていた。




 誉が笑った。喜んだ。




「出たな」




---




 その日、凪は教習所にいた。




 瞬発型の魔石は、一度放出すると溜まるまで時間がかかった。最初は半刻ほどかかった。待った。溜まったら撃った。また待った。




 昼になった。誉が袋を開けた。パンを半分に割って、凪に渡した。水の入った革袋も。




 凪はパンを齧りながら杖を見ていた。先端の魔石は、まだ暗かった。




「……待つしかないんだよね」




「瞬発型だからな」




 誉はパンを食べながら壁に背を預けた。




「でも、さっきのより早くなってないか。溜まるの」




 凪は首を傾げた。分からなかった。でも、言われてみれば、最初の半刻より短い気がした。




 午後になると、もっと早くなった。身体が覚え始めていた。魔石に意識を向ける感覚。水を押し出すタイミング。力の入れ方ではなく、抜き方。




 誉はずっといた。壁に背を預けて、腕を組んで、凪が撃つたびに見ていた。何も言わなかった。ただ、いた。




 凪が振り返ると、誉がいた。それだけで、もう一回撃てる気がした。




 夕方には、的に届いた。




 水の塊が藁の的に当たった。的が揺れた。倒れはしなかった。でも、当たった。




 誉が拳を突き上げた。




「当たった!」




 凪は息を切らしていた。汗をかいていた。でも、笑っていた。




 教習所の入口に、硬矢と梓乃が立っていた。いつからいたのか分からなかった。梓乃が拍手していた。小さく、でも嬉しそうに。




---




 四人でギルドの裏手を出た。夕暮れだった。




 受付を通りかかった時、凪が立ち止まった。受付の女がいた。朝、適性を登録してくれた人だった。




「あの——今日、教習所を使いました」




 受付の女が顔を上げた。




「的に、当たりました」




 受付の女が目を瞬いた。




「……今日、登録したばかりですよね」




「はい」




「今日が初めて?」




「はい」




 受付の女は凪の顔を見た。それから杖を見た。先端の魔石は暗くなっていた。使い切った証だった。




「——瞬発型の魔石で、一日で的に当てたんですか」




 凪は頷いた。




 受付の女は少し黙った。それから、小さく笑った。




「普通は三日かかります。蓄積型でも。瞬発型なら、一週間は見てくださいと言うところです」




 凪は首を振った。




「誉が——隣にいてくれたから」




 誉が後ろで頭を掻いた。




 受付の女は四人を見た。




「明日、出発されるんですか」




「ウィステリアへ」




 硬矢が言った。




 受付の女は頷いた。




「お気をつけて。——また、戻ってきてくださいね」




---




 宿へ戻る道だった。夕暮れの通りを四人で歩いた。




 荷物は硬矢と梓乃が揃えていた。食料。水。替えの布。簡単な薬。地図はギルドで買った。




 凪は杖を抱えるように持っていた。先端の魔石は暗かった。明日の朝には溜まっているだろう。




 誉が隣を歩いていた。




「凪」




「ん」




「すげえよ、お前」




 凪は杖を胸に引き寄せた。顔を俯けた。




「……ありがと」




 小さな声だった。夕風が吹いて、声を攫った。




---




 翌朝。




 四人は南門に立っていた。




 朝日が差していた。空は青かった。風が吹いていた。街の匂いがした。パンの匂い。潮の匂い。石の匂い。




 硬矢は門の外を見た。道が一本、南に伸びていた。草原の中を、真っ直ぐに。




 ウィステリアまで七日。




 硬矢は振り返った。三人を見た。梓乃。誉。凪。凪は杖を握っていた。先端の魔石が、朝の光を受けて淡く光っていた。




「——行こう」




 四人は歩き出した。

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