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# 第十九話 適性

 昼過ぎに蔵書庫に着いた。




 扉を叩くと、すぐに開いた。イザーナが立っていた。いつもの白い服。髪を後ろで束ねていた。




「来た。入って」




 中に入った。テーブルの上に本が積まれていた。昨日より少ない。イザーナが選んだものだけが残っていた。




「まず、魔法の話をする。基本だけ」




 イザーナは椅子に座った。四人も座った。




「この世界の魔法は、大きく分けると二つの原理で動いてる」




 イザーナは指を二本立てた。




「一つ目。火と風。これは同じ原理。熱を生むか、空気を動かすか。方向が違うだけで、元は同じ力」




「二つ目。水と土。これも同じ原理。水を動かすか、土を固めるか。扱う対象が違うだけ」




「ほとんどの魔法使いは、このどれかが得意。火が得意な人は風も少し使える。水が得意な人は土も少し使える」




 誉が手を挙げた。




「雷は?」




「少数だけどいる。雷、回復、幻惑。珍しい適性。百人に一人が魔法を使えるとして、その中のさらに一握り」




「私は使えないから、全部本で読んだだけだけど」




 イザーナは少し肩をすくめた。




 硬矢は腕を組んだ。




「火と風が同じ原理か。——コーヒー淹れる時、湯を沸かすと蒸気が上に昇るだろ。あれって熱が風になってる」




 イザーナが硬矢を見た。




「水と土も、言われてみれば似てる。コーヒーの粉にお湯を注ぐと泥みたいになるだろ。乾けば固まる。濡らせば崩れる。同じものの状態が違うだけだ」




「……あなたの世界では、そういうふうに考えるの?」




「理科の授業で習った程度だけど。現象を関連づけて説明する、みたいな」




 イザーナの目が光った。身を乗り出した。




「面白い。——この世界では、魔法は魔法としか説明されない。原理で分類する発想がない」




「でも、あなたの言い方だと、火と風が同じ原理だという説明がすごく分かりやすくなる」




 硬矢は少し驚いた。イザーナが本気で面白がっていた。知識を並べる顔ではなかった。新しいものに触れた顔だった。




「——後で、もっと聞かせて。今日はまず、別のことをやる」




---




 イザーナはテーブルの本を端に寄せた。代わりに、布を一枚敷いた。白い布。その上に、小さな石を並べた。




 三十個ほど。どれも親指の先ほどの大きさだった。色が違った。赤みがかったもの。青みがかったもの。黄色いもの。透明に近いもの。薄い緑。淡い紫。水色。乳白色。同じ色でも微妙に違った。




「——綺麗」




 凪が呟いた。




 イザーナが少し笑った。




「でしょう。魔石。小さいものばかりだけど」




「純度は低いの。でも——」




 イザーナは一つを摘み上げた。光に透かした。淡い水色だった。




「色が綺麗なの。同じ水色でも、一つずつ違う。光の通り方も違う。奥が深い」




 凪がイザーナの手元を見ていた。石の色を見ていた。イザーナの横顔を見た。本と知識の人だと思っていた。でも、石を綺麗だと言う顔は、普通の女の子だった。




 梓乃が小さく微笑んだ。同じことを思っていた。




「——で、適性の話」




 イザーナは石をテーブルに戻した。四人を見た。




「普通は魔法屋に行く。街に一軒ある。お金を払って、適性があるか調べてもらう。でも——」




 イザーナは少し間を置いた。




「あなたたち、行っても何も分からないでしょう。この世界の常識を知らないから。説明されても、何が重要で何が重要じゃないか、判断できない」




 硬矢は頷いた。その通りだった。




「だから、私がやる。簡単な検査だけど、適性の有無は分かる」




 誉が身を乗り出した。




「マジか。俺ら、魔法使えんのか?」




「分からない。適性がある人は百人に一人くらい。だから——」




 イザーナは少し目を逸らした。頬がわずかに赤くなった。




「……まあ、四人いれば、一人くらいは——ワンチャン、あるかなって」




 誉が目を丸くした。




「ワンチャン?」




「昨日、あなたたちが使ってた。意味は分かった。便利な言葉」




 凪が小さく笑った。誉も笑った。イザーナは照れたように髪を触った。




---




「やり方は簡単。手をかざすだけ」




 イザーナは布の上の魔石を指した。




「適性がある人が手をかざすと、魔石が光る。光った色が、その人の得意な属性。多く光る色が、一番扱いやすい系統」




「光らなかったら?」




「適性がない。残念だけど、生まれつきのものだから」




 硬矢は魔石を見た。三十個の小さな石。色とりどり。光を受けて、微かに透けていた。




「——じゃあ、やってみよう」




 硬矢が最初だった。




 テーブルの前に立った。手をかざした。魔石の上に、右手を広げた。




 何も起きなかった。




 五秒。十秒。石は石のままだった。色も変わらなかった。光もなかった。




「……駄目か」




「うん。適性なし」




 イザーナがあっさり言った。硬矢は手を下ろした。落胆はなかった。元々、期待していなかった。




 次は梓乃だった。




 梓乃が手をかざした。指先が少し震えていた。




 何も起きなかった。




「……残念」




 梓乃が小さく笑った。仕方ない、という顔だった。




 誉が立った。




「俺の番だ」




 手をかざした。力を込めるように、拳を握ってから開いた。




 何も起きなかった。




「…………」




 誉は手をかざしたまま動かなかった。五秒。十秒。十五秒。




「誉」




 硬矢が言った。




「……分かってる」




 誉は手を下ろした。唇を噛んでいた。




「百人に一人、だもんな」




 声が小さかった。




 凪が誉の袖を引いた。小さく。誉は凪を見た。凪が首を振った。大丈夫、という顔だった。




---




 凪がテーブルの前に立った。




 手をかざした。




 光った。




 水色の魔石が、淡く光った。小さな光だった。蝋燭の火よりも弱い。でも、確かに光っていた。




 他の石は光らなかった。水色だけだった。




「——水」




 イザーナが言った。目が大きくなっていた。




「水の適性。間違いない」




 凪は自分の手を見た。手のひらを見た。何も変わっていなかった。でも、石が光っていた。




「……私?」




「あなた」




 誉が凪の肩を叩いた。




「すげえ。凪、魔法使いじゃん」




 凪は首を振った。まだ信じられない顔だった。




 梓乃が凪の隣に立った。




「凪ちゃん、すごい」




 硬矢は光っている魔石を見た。淡い水色。静かな光だった。凪らしいと思った。




 イザーナが魔石を一つずつ手に取った。光っているものと、光っていないものを分けた。




「水色が光ってる。水を扱いやすい魔石」




 イザーナは光っている魔石を凪の前に並べた。三つあった。どれも水色だったが、微妙に色合いが違った。




「この中から、一つ選んで」




「選ぶ?」




「相性がある。同じ水色でも、使い手との相性で使いやすさが変わる。直感でいい。手に取って、一番しっくり来るものを選んで」




 凪は三つの魔石を見た。




 一つ目を手に取った。冷たかった。置いた。




 二つ目を手に取った。少し温かかった。でも、違った。置いた。




 三つ目を手に取った。




 凪の手が止まった。




「——これ」




 一番小さい石だった。色は薄かった。他の二つより地味だった。でも、凪は迷わなかった。




 イザーナが目を細めた。




「瞬発型だ。すぐに溜まって、一気に出せる。ただし、出した後はしばらく使えない」




「一発勝負ってこと?」




 誉が言った。




「そう。蓄積型なら持続的に使えるけど、瞬発型は一撃に全部を乗せる。初心者には難しい。でも——」




 イザーナは凪を見た。




「直感で選んだなら、それが合ってる」




 イザーナは残りの魔石を布に包んだ。




「小さい石だから、あげる。私が持っていても飾るだけだし」




「いいの?」




「いいよ。使ってもらった方が石も喜ぶ」




 凪は小さな魔石を両手で包んだ。淡い水色。冷たくはなかった。




---




 四人が帰った後、イザーナは一人でテーブルを片付けていた。




 布を畳んだ。残りの魔石を箱に戻した。一つずつ、丁寧に。




 手が止まった。




 箱の中で、一つの魔石が光っていた。




 さっきまで光っていなかった石だった。色は——見たことのない色に光っていた。透明に近いが、奥の方で何かが揺れている。




 イザーナは石を摘み上げた。光に透かした。




「……何、これ」




 見たことがなかった。どの属性の色とも違った。本で読んだどの記述とも一致しなかった。




 イザーナは四人が座っていた椅子を見た。誰の適性に反応したのか、分からなかった。検査の時には光っていなかった。時間が経ってから光った。




「……あの中の、誰かが?」




 石を見た。まだ光っていた。弱い光だった。消えそうで、消えなかった。




 イザーナは石を箱に戻した。蓋を閉めた。




「——まあ、いつか会った時に伝えればいいか」




 呟いた。紙の束を手に取った。昨日、硬矢たちの世界の話を書き留めた紙だった。続きを整理しようと思った。

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