↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/36

# 第十八話 宿屋の夜

 宿屋に戻ったのは、日が沈んだ後だった。




 一階の食堂に四人で座った。木のテーブル。蝋燭が一本。壁に魔石の灯りが二つ。薄暗かったが、落ち着いた。




 硬矢はギルドカードをテーブルに出した。木の板に薄い金属を貼ったカード。名前とギルドの紋章が刻んであった。




「ギルドカードも作った。身分証明になる。この大陸のどのギルドでも通用する」




 誉がカードを覗き込んだ。




「俺らも作れんのか」




「作れる。明日、ギルドに行こう」




 硬矢は水を一口飲んだ。




「ゼスで話した冒険者たちを覚えてるか。四人パーティの。ギルドにいた」




 誉が首を傾げた。




「ああ、前に言ってたやつか。でかい男と——」




「太い腕の盾使い。細剣を四本持った剣士。寡黙な剣士がもう一人。風の魔法使い」




 誉が目を丸くした。




「四本? 三本目は口にくわえんのか。四本目はどうすんだ」




 硬矢は一瞬、黙った。同じことを聞いた。全く同じことを聞いた。




「……属性が違うらしい。火、氷、雷、無属性。相手に合わせて抜き替える」




「かっけえ……」




 硬矢はもう一度水を飲んだ。




「ダンジョンの話も聞いた。この街の海洋ダンジョン——上層はカニやトカゲ。中層は周回できる。深層は海の中で、誰も行けない」




 誉が身を乗り出した。




「ダンジョンか。面白そうだな」




「面白いかどうかは分からない。ただ、昔は中層にいい素材があって、この街も賑わってたらしい。今は——」




「見ての通り、か」




 誉が窓の外を見た。暗い通りだった。人の気配がなかった。




 硬矢は続けた。




「魔法使いにも会った。風の魔法を使う人だった」




 凪が顔を上げた。




「魔法……」




「味方に追い風を送って速くする。敵に向かい風を当てて遅くする。派手じゃないけど、あの人がいないとパーティの力が半分になるって言ってた」




 誉が腕を組んだ。




「へえ。バフとデバフか」




「そういうことだ」




 梓乃がテーブルの上の水の器を見た。蔵書庫でイザーナに教わった相場を、梓乃は覚えていた。




「ウィステリアまで七日。宿代は高い。でも、行かないと何も分からない」




 凪が小さく頷いた。




「行くしかないよね」




 誉が椅子の背にもたれた。




「行こう。ここにいても始まんねえし」




 硬矢は四人の顔を見た。反対はなかった。




---




 食事が運ばれてきた。パンと干し肉のスープ。硬い。だが温かかった。




 食堂には他にも客がいた。奥のテーブルに二人。革の鎧を着ていた。剣を壁に立てかけていた。冒険者だった。




 一人が立ち上がった。大柄な男だった。ジョッキを持ったまま、硬矢たちのテーブルに近づいてきた。




「お前、今日ギルドにいたろ」




 硬矢は顔を上げた。見覚えがあった。ギルドの受付で、硬矢たちの後ろに並んでいた男だった。




「ああ」




「リザードマンの鱗、持ち込んだのもお前らか」




 硬矢は頷いた。




 男はジョッキを置いた。硬矢の向かいに座った。断りはなかった。




「ジェネラル種だろ。あれで二人やられた」




 声が低かった。酔ってはいなかった。




「知ってるのか」




「中層を周回してたら出くわした。俺らのパーティだ」




 男は奥のテーブルを顎で示した。残りの一人がこちらを見ていた。




「四人パーティだった。今は二人だ」




 硬矢は黙った。




「一人は死んだ。もう一人は腕をやられて引退した。剣が握れない」




 男はジョッキの中身を見た。揺らした。飲まなかった。




「——お前ら、冒険者か」




「いや。旅をしてる」




「旅か。どこへ」




「ウィステリア」




 男は少し目を細めた。




「街道は安全だ。今のところは。だが——」




 男は声を落とした。




「ちょっと前に、中層から深層に降りていく連中がいた。見たことない装備だった。五、六人。誰も知らない顔だった」




 男は一度、言葉を切った。




「——強かった。歩き方で分かる。俺らじゃ止められない。止める間もなかったし、止めたところでどうにもならない連中だった」




 誉が身を乗り出した。




「深層に? 海の中だろ?」




「ああ。普通は行けない。だがあいつら、迷いもなく階段を降りていった」




 男はジョッキを持ち上げた。一口飲んだ。




「あいつらが降りた後から、中層の魔物が増えた。深層から押し出されてきてる。リザードマンが中層に出てきたのも、たぶんそれだ。あいつらが何かしたんだろう」




「ジェネラル種が出てきて、やられた奴が何人もいる。しばらく中層の周回も回せなくなる。周回が減れば、中層の魔物が溢れる。溢れれば、地上に出てくる」




「悪循環だ」




 硬矢が言った。




「そういうことだ」




 男は立ち上がった。




「ウィステリアに行くなら、早い方がいい。街道が安全なうちにな」




 男は奥のテーブルに戻った。二人で静かに飲み始めた。




---




 食堂が静かになった。他の客は部屋に戻っていた。蝋燭の火が揺れていた。




 誉が腕を組んだ。




「……やべえな、この街」




「衰退してる」




 硬矢が言った。




「冒険者が減って、ダンジョンの管理が追いつかなくなってる。管理が追いつかないから魔物が増える。魔物が増えるから人が減る」




 梓乃が静かに言った。




「オーヴホールだけの問題じゃあないかもしれない。シャンリアナ全体の——」




 途中で止めた。言い切るには、まだ知らないことが多すぎた。




 凪がスープの器を両手で包んでいた。冷めていた。




「……イザーナが、明日来てって言ってた」




 硬矢は頷いた。




「魔法のことを教えるって。準備があるから昼過ぎにって」




 誉が顔を上げた。




「魔法? 俺らに?」




「そう言ってた」




 誉の目が光った。




「——マジか。魔法、使えんのかな」




「分からない。でも、聞く価値はある」




 梓乃が少し笑った。




「誉くん、目が輝いてる」




「だって魔法だぞ!?」




 凪が小さく笑った。誉を見ていた。




 硬矢は窓の外を見た。暗かった。星が見えた。この世界の星だった。




「明日、イザーナのところに行こう。それから——」




 硬矢は四人を見た。




「ウィステリアに発つ準備を始める」




 誉が拳を握った。凪が頷いた。梓乃が静かに微笑んだ。




 蝋燭の火が揺れた。四人の影が壁に伸びていた。




---




 朝が来た。




 窓から光が差していた。海の匂いがした。潮と、魚と、石の匂い。




 四人で宿を出た。通りは静かだった。朝の市場に人がまばらにいた。干し魚を並べている老人。水を汲んでいる女。犬が一匹、日向で寝ていた。




 ギルドに着いた。扉は開いていた。




 中に入ると、カウンターの奥に受付の女がいた。硬矢を見て、少し目を見開いた。昨日、ジェネラル種の鱗を持ち込んだ男だった。覚えていた。




「——おはようございます。今日は何の御用で」




「仲間のギルドカードを作りたい」




 受付の女は三人を見た。誉と凪と梓乃。三人とも、この大陸の人間ではなかった。顔の系統が違う。服も違う。だが、昨日の保証人がいる。




「一般登録でよろしいですか」




「はい」




 三人分の手続きが始まった。名前を書く。この世界の文字は書けない。受付の女が代筆した。昨日と同じだった。




 誉がカードを受け取った。木の板に薄い金属。名前とギルドの紋章。




「おお。身分証だ」




 誉がカードを裏返した。表を見た。また裏返した。




「かっけえ」




 凪も受け取った。自分の名前を指でなぞった。この世界の文字で書かれた、自分の名前だった。




 梓乃はカードを静かに受け取った。財布に入れた。




「——保証人の欄、昨日の方のお名前が入っています。ウェインさんですね」




 硬矢は少し驚いた。あの太い腕の男の名前を、初めて知った。




---




 手続きを終えて振り返ると、酒場の方に見覚えのある背中があった。




 太い腕。革の鎧。壁に盾を立てかけている。




 ウェインだった。奥のテーブルに四人で座っていた。水と干し果物。朝から酒は飲んでいなかった。




 ウェインが振り返った。




「おう。来たか」




 硬矢は頭を下げた。




「昨日は——保証人、ありがとうございました」




「ああ? ああ、あれか。気にすんな」




 ウェインは干し果物を口に放り込んだ。




「仲間か。——昨日の若いのはどうした」




「昨日発った」






 ウェインは三人を見た。高校生二人と、営業職の女。冒険者には見えなかった。




「——座れ」




 四人が座った。テーブルが狭くなった。




 ウェインが向かいの三人を顎で示した。




「紹介する。ロット」




 細剣の男が軽く頷いた。腰に二本、背中にも二本。誉がそれを見た。




「四本……」




「属性が違う」




 ロットが真顔で言った。




「火、氷、雷、無属性」




 誉の目が光った。




「全部使えんのか」




「使う」




「トリス」




 ウェインが隣の男を示した。トリスは黙って頭を下げた。剣を膝に立てかけていた。水を飲んでいた。




「パーヴァル」




 杖を立てかけた男が、穏やかな顔で硬矢たちに微笑んだ。




「よろしく。風の魔法を使う」




 ウェインが水を飲んだ。




「で、お前ら。ウィステリアに行くんだってな」




 硬矢は頷いた。




「街道は七日だ。今のところ安全だが——」




 ウェインは声を少し落とした。




「中層の魔物が増えてる。溢れたら街道にも出る。早い方がいい」




 昨夜の冒険者と同じことを言っていた。




 パーヴァルが口を開いた。




「旅の装備は揃っているか」




 硬矢は首を振った。




「これから準備する」




 パーヴァルは少し考えた。




「水袋は二つずつ持て。街道沿いに井戸はあるが、間隔が長い。干し肉は三日分を余分に。天候が崩れると足止めを食う」




 梓乃が頷いた。覚えていた。




 ウェインが椅子の背にもたれた。




「——俺らはしばらくここにいる。中層の周回が止まってるからな。やることがない」




 ロットが静かに言った。




「やることがないわけではない。情報を集めている」




「まあ、そういうことだ」




 ウェインが笑った。




「帰ってきたら寄れ。ウィステリアの話を聞かせろ」




 硬矢は頷いた。




 ギルドを出た。朝の光が眩しかった。




 誉がギルドカードをポケットから出した。もう一度見た。




「怪物の葬儀屋、か」




「何だそれ」




「受付の姉ちゃんが言ってた。あの四人のパーティ名。怪物の葬儀屋」




 凪が小さく笑った。




「すごい名前……」




「かっけえよな」




 硬矢は通りを見た。昼過ぎにはイザーナのところに行く予定だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。