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# 第十五話 ギルド

 朝、ザートと二人でギルドに向かった。




 中央通りから東に折れた先に、ギルドの建物があった。石造りの三階建て。壁に剣と槌を組み合わせた紋章が彫ってあった。扉は開いていた。




 中に入ると、広い受付の間があった。木のカウンター。壁に貼られた依頼書。奥に酒場のような空間が見えた。




 朝だった。人は少なかった。カウンターの奥に受付の女がいた。壁際の椅子に、数人が座っていた。




 その中に、見覚えのある顔があった。




「——おい。ゼスの坊主じゃないか」




 声が飛んできた。壁際の椅子から、男が立ち上がった。日焼けした顔。腕が太い。革の鎧に剣を佩いていた。背中に盾を背負っている。




 ゼスの浜で会った冒険者だった。リザードマンの鱗を買い取れると助言をくれた四人組の一人。名前は聞いていなかった。




「よう。生きてたか」




 もう一人が隣から顔を出した。痩せた男だった。腰に細剣を二本、背中にも二本。合わせて四本。同じ四人組の剣士だった。




「歩いて来たのか? 山越えで?」




 ザートが頷いた。




「船がなかった」




「五日か。やるじゃないか」




 太い腕の男が笑った。からかっているようで、目は笑っていなかった。ちゃんと見ていた。




「山越えは楽じゃない。獣も出る。——お前ら、よく来たな」




 奥のテーブルに、残りの二人がいた。一人は革の鎧に剣。黙って水を飲んでいた。もう一人は鎧を着ていなかった。長い外套に、木の杖を立てかけている。杖の先端に、薄く光る石が嵌まっていた。




「で、何しに来た」




「鱗の換金です」




 硬矢は頭を下げた。




「ああ、あの鱗か。受付に持っていけ。ギルドの相場で買い取ってくれる」




 太い腕の男がカウンターの方を顎で示した。




「——お前、このへんの人間じゃないな」




 硬矢は一瞬、止まった。




「言葉は通じてるが、訛りが変だ。顔の系統も分からない。どこから来た?」




「——遠くから」




 硬矢はそれだけ言った。男は少し目を細めたが、それ以上は訊かなかった。




「まあいい。ギルドに用があるなら、困ったことがあれば言え。ゼスで世話になった縁だ」




---




 換金は少し手間取った。




 カウンターに鱗を並べた。受付の女が一枚目を手に取った。色を見た。裏返した。厚さを指で確かめた。




 手が止まった。




「……リザードマンの鱗ですね」




「はい」




「——ジェネラル種、ですよね。これ」




 受付の女が硬矢を見た。それからザートを見た。それからもう一度、鱗を見た。




「ゼスで出たという報告は受けています。受けてはいますけど——」




 言葉を切った。鱗を一枚ずつ並べ直した。慣れた手つきだったが、指先が少しだけ速かった。




「状態は良好です。傷もほとんどない。……本当にお二人で?」




「仲間がいた」




 硬矢はそれだけ答えた。受付の女は何か言いたそうだったが、口を閉じた。




 奥のテーブルから、太い腕の男が顎でこちらを示した。受付の女がその顔を見て、少し姿勢を正した。早くやってやれ、という目だった。




 受付の女は小さく息を吐いた。仕事だ。金額を計算し始めた。




「——お待たせしました。こちらが買取額になります」




 金額が提示された。硬矢には相場が分からなかった。ザートを見た。ザートが小さく頷いた。




 硬矢は金を受け取った。革の袋に入った、重い硬貨だった。




 ザートが硬矢の肩を叩いた。




「俺の分を抜く。残りはお前が持て」




 ザートは少額の硬貨を数枚取って、残りを硬矢に押し返した。




「——少なすぎないか」




「帰りの飯代があれば足りる。ユネイラさんの言った通りだ」




 ザートは笑った。




---




 太い腕の男が、酒場の席に硬矢たちを呼んだ。朝から酒は飲んでいなかった。水と干し果物がテーブルにあった。




 硬矢は椅子を引いて座った。細剣の男が向かいにいた。腰の二本が近くに見えた。柄の色が違った。一本は赤みがかった革。もう一本は白い。




「——三本目は、口にくわえるんですか。四本目はどこに」




 細剣の男が目を瞬いた。太い腕の男が吹き出した。




「くわえてどうする」




「属性が違うんだ」




 細剣の男が真顔で言った。




「火、氷、雷、無属性。相手に合わせて抜き替える。四本全部使う」




 太い腕の男がまだ笑っていた。硬矢は少し恥ずかしくなった。




「ダンジョンが目当てか?」




 太い腕の男が水を飲みながら聞いた。




 硬矢は首を振った。




「調べものです」




「調べもの? 冒険者じゃないのか」




「違います」




 男は干し果物を口に放り込んだ。




「まあ、ダンジョンのことは知っておいて損はない。この街に来たなら、いずれ関わる」




 男は水を飲んだ。




「オーヴホールの海洋ダンジョン。上層は探索し尽くされてる。中層は周回できる。深層は海の中だ。誰も行けない」




「上層には何がいるんですか」




「カニだ」




 男は笑った。




「ゼスの浜にもいただろう。あのカニ型の魔物。ダンジョンの上層にはあいつらがうじゃうじゃいる。あとはトカゲ。小型のやつだ。リザードマンとは別物で、知性はない」




 細剣の男が口を挟んだ。




「魚もいる」




「ああ。魚型。宙に浮く。魔力で浮いてる。気味が悪い」




「魚型の大物には気をつけろ。高圧の水を撃ってくる。当たれば鎧ごと持っていかれる」




 硬矢は黙って聞いていた。




「稼ぎはどうなんですか」




「大したことはない。カニの甲やトカゲの鱗、魚の鱗——色が鮮やかでな。装飾品になる。多少は金になる。だが、それで食っていくのは厳しい」




 男は肩をすくめた。




「昔はもっと稼げたらしい。中層にいい素材があった頃は、この街も賑わってた。今は——まあ、見ての通りだ」




---




 話が一段落した。




 硬矢は奥のテーブルを見た。魔法使いが杖を手入れしていた。布で石を拭いていた。丁寧な手つきだった。




 石が気になった。薄く光っている。何の光なのか分からなかった。




 硬矢は立ち上がった。




「——少し、聞いてもいいですか」




 魔法使いが顔を上げた。四十代くらいだった。目が細い。穏やかな顔だった。




「何を」




「魔法のことです」




 太い腕の男が振り返った。




「おい、こいつに魔法の話をさせると長いぞ」




「長くない」




 魔法使いが静かに言った。




「——座れ」




 硬矢は向かいに座った。魔法使いは杖を立てかけ直した。




「何が知りたい」




「あなたは、どんな魔法を使うんですか」




 魔法使いは少し考えた。




「風だ」




「風?」




「味方に風を送る。追い風だ。足が速くなる。剣が軽くなる。体が動きやすくなる」




 硬矢は黙って聞いた。




「逆もできる。敵に向かい風を当てる。足が重くなる。剣が遅くなる。動きが鈍る」




「——攻撃はしないんですか。風なら、斬れるんじゃ」




「斬れる」




 魔法使いは頷いた。




「風は本来、荒い力だ。大きく振れば木も倒せる。人も斬れる。大抵の風魔法使いはそうやって使う」




「じゃあ、なぜ」




「追い風を一人にだけ送る。向かい風を一体にだけ当てる。風を絞って、狙って、持続させる」




 魔法使いは杖の先端を見た。




「大きく吹かせるのは簡単だ。味方ごと吹き飛ばすだけだからな。同じ戦場で、味方には追い風、敵には向かい風。風を分けられる奴は少ない」




 硬矢は黙って聞いていた。




「俺が追い風を送る。あいつらが速くなる。敵には向かい風を当てる。あいつらが遅くなる。その差で勝つ」




 硬矢は考えた。




「——速度の差を作る」




「そうだ」




 魔法使いが少し目を細めた。初めて、表情が動いた。




「派手な魔法を使う奴は多い。火を出す。氷を飛ばす。雷を落とす。だが、それは魔力が尽きれば終わりだ。俺の風は消費が少ない。長く戦える」




「地味だがな」




 太い腕の男が後ろから言った。




「地味だが、こいつがいないと俺たちは半分の力だ。速度が違うだけで、戦いは全く変わる」




 硬矢は杖の先端の石を見た。薄く光っていた。




「その石は?」




「風石。風の魔力を蓄える。杖の核だ」




 魔法使いは杖を持ち上げた。




「魔法は才能だけじゃない。道具も要る。石も要る。知識も要る。——お前、魔法に興味があるのか」




「あります」




 硬矢は素直に言った。




 魔法使いは少し笑った。笑うと、目がさらに細くなった。




「珍しい奴だ。大抵の若い奴は剣に興味を持つ」




---




 太い腕の男が、思い出したように言った。




「そうだ。お前、ギルドカードは持ってるか」




「ギルドカード?」




「冒険者じゃなくても作れる。身分証明になる。この大陸のギルドは繋がってるから、どの街でも通用する」




 硬矢は首を振った。




「持ってません」




「作っておけ。旅をするなら要る。宿に泊まる時も、門を通る時も、身元が分からない奴は面倒が多い。カードがあれば話が早い」




 ザートが頷いた。




「ゼスにはギルドがなかった。ここで作っておくのがいい」




 硬矢はカウンターに戻った。受付の女に聞いた。




「ギルドカードを作りたいんですが」




 受付の女は少し驚いた顔をした。さっきジェネラル種の鱗を持ち込んだ男が、カードも持っていなかった。




「……冒険者登録ですか?」




「いえ、一般登録で」




「一般登録でしたら、名前と、簡単な身元の確認だけで発行できます。手数料は銅貨三枚です」




 硬矢は金を出した。名前を書いた。この世界の文字はまだ書けなかった。受付の女が代筆した。




「身元の保証人は——」




「俺が保証する」




 太い腕の男が後ろから声をかけた。受付の女が振り返った。男は腕を組んで壁に寄りかかっていた。




 受付の女は迷わなかった。書類に保証人の欄を埋めた。




 木の板に薄い金属を貼ったカードが出てきた。名前と、ギルドの紋章が刻んであった。




「これがギルドカードです。この大陸のギルド支部であれば、どこでも身分証明として使えます。紛失した場合は、最寄りのギルドで再発行できます」




 硬矢はカードを受け取った。軽かった。だが、手の中にあると少し安心した。




 この世界で、初めて自分の名前が刻まれたものだった。




---




 ギルドを出た。




 ザートが立ち止まった。




「硬矢。俺はこれから帰りの支度をする。荷を買って、水を補充して、そのまま発つ」




 硬矢は頷いた。分かっていた。ザートはここまでの付き添いだった。




「——世話になった」




「山の道は厳しいが、お前達だけでも越えてこれるだろう。調べ物に時間がかかるようなら、海路も検討しろ」




 ザートは手を上げた。硬矢も手を上げた。




 ザートが通りの向こうに歩いていった。背中が小さくなり、やがて消えた。




 ——一人になった。




 硬矢はポケットの中のギルドカードに触れた。木と金属の感触があった。

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