↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/30

第二十三話 半拍

風が、河原を撫でた。


灰が、落ちた。


音はなかった。白い一片が、香炉の縁をかすめて、台の上に崩れた。ただ、それだけだった。


その刹那、鉄漿丸の右手が消えた。


灰の落ちる刻は、千早には、落ちるより先に見えていた。千早なら、灰と同時に抜くこともできた。


だが、千早は待った。


半拍。


灰が台に落ちきるのを、目で見届けるだけの間。読めない者が、灰を見てから抜く間。


その半拍のあいだに、鉄漿丸の朱鞘から、白い刃が走り出ていた。


速い。


大柄な身体からは想像もつかない速さだった。鞘走りの音と、踏み込みの音が、一つに重なる。三間の間合いが、一息で消えた。刃が、千早の左の肩口から、斜めに斬り下ろされてくる。


千早は、刀を抜かなかった。


抜く代わりに、足を送った。肩を揺らさず、腰から先に。地を擦るように、音もなく。斬り下ろされる刃の内側へ、斜めに滑り込む。


刃風が、胸元を掠めた。


布が、裂ける音がした。


小袖の襟が、肩口から胸にかけて、ぱっくりと口を開けた。その下の晒の白さが、一瞬、真昼の光に覗いた。


千早の背筋を、氷が走った。


肌には、届いていない。だが、あと半寸深ければ。あと半拍、遅ければ。


鉄漿丸の目が、裂けた襟の奥に吸い寄せられた。その顔に、怪訝な色が浮かぶ。


胸をかばう構えのまま内へ潜れば、裂けるのは襟だけで済む。そして襟が裂ければ、男の目はそこへ落ちる。千早の足は、その目が落ちる先とは逆の、右脇へと運ばれていた。


その一瞬が、千早には十分だった。


鉄漿丸の右脇を、すり抜けていた。すれ違いざま、鯉口を切る。


鞘の中で、刃が走った。


一閃は、斜め上へ。後頭部を、低く掠めて。


手応えは、ほとんどなかった。


鉄漿丸の背後二間のところで、足を止めた。


振り返らない。


刃を返し、鞘の口に切っ先を当てる。そのまま、静かに納めていく。


鍔が鞘に触れる、小さな音がした。


鉄漿丸は、袈裟に斬り下ろした姿勢のまま、動かなかった。刀を握った手が、わずかに震えている。


河原は、しんとしていた。人垣の誰も、何が起きたのか分かっていないようだった。


鉄漿丸の背後で、千早の刀が、鞘に戻りきっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。