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第二十二話 斜めの香

千早は、台を挟んで、鉄漿丸と向かい合った。


三間。足軽が、地面に引かれた二本の線を指し示す。互いに、その線の外へ出てはならない。


人垣の向こうでは、桟敷の幔幕が真昼の風に揺れていた。刑部が、脇息にもたれて河原を見下ろしている。退屈そうに、扇で顔を扇いでいた。その脇に、二刀を差した少年が片膝をついて控えている。桟敷の端には、うつむいた城主の娘。


人垣の中には、見知った顔がいくつもあった。最前列に、日に焼けた若い男が陣取っている。小太郎だった。穂先に乾ききらない血を一筋残したまま、短槍を肩に担いで、にやにやとこちらを見ている。勝ったのだ。


遊女屋の女たちは、鉄漿丸の背後の一角に固まっていた。その中に、お志乃の顔もあった。白粉の下の表情は、読めない。


白い打掛の女が、台の前へ進み出た。


懐紙に包んだ線香を、女が一本取り出した。昨夜の大香炉に立てられた太い長香とは違う、ありふれた長さの線香だった。


女はそれを、青磁の香炉の灰に、斜めに寝かせて差した。火のつく先が、わずかに宙へ浮く角度。それから、火打ちで付け木に火を移し、線香の先に近づける。


細い煙が、立ちのぼった。


女は一歩下がり、千早と鉄漿丸を交互に見た。その目が、ほんのわずかに長く、千早の上に留まった気がした。


主膳が、扇を開いた。


「初太刀の段、一番。千之助、対するは鉄漿丸。灰が落ちるまで、抜くこと罷りならぬ!」


人垣のざわめきが、潮のように引いた。


河原から、蝉の声のほかの音が消えた。


線香の先は、見ないようにした。目の端で、捉えるだけにする。真正面から見つめれば、あの女に読まれる。


それでも、身体は勝手に読み始めていた。


谷風は、乾いている。西から東へ、ゆるく、途切れずに吹いている。煙は、香炉を離れてすぐに、東へ細く倒れていく。燃えている先が、風に煽られて赤く明るみ、また鈍く沈む。


――ひと息、ふた息。


心の中で、一炷を数え始める。


燃えた先に、灰が溜まっていく。白い灰。軽い香だ。斜めに寝かせているから、灰は先端からわずかに垂れて、弓なりに反っていく。


――七、八。


「おい、腰抜け」


鉄漿丸が、低く言った。人垣には届かない声だった。


「昨夜は、柄に手をかけたまま、震えてやがったな」


挑発は、耳の外を流れていった。


「今度は、ちゃんと抜けよ。抜く前に、首と胴が泣き別れにならねえうちにな」


鉄漿丸の構えは、構えとも言えないものだった。両足を大きく開き、右手をだらりと垂らしている。柄から、指一本ぶん離れたところに。


だが、千早には分かった。あの手は、一息で柄を掴み、鞘を走らせ、そのまま袈裟に斬り下ろす。力で押し切る剣だ。受ければ、刀ごと叩き割られる。


――十五、十六。


灰が、伸びる。反りが、深くなる。


風が、一度だけ強く吹いた。煙が大きく倒れ、灰の先端が、かすかに揺れた。


まだだ。


千早には、分かった。あの灰は、次の風を待っている。今の反りで、あと一息ぶん伸びて、次に風が強く吹いたとき――


――二十。


左手を、鍔に添えた。胸の前に、腕を一本、斜めに通す。晒を、刃から隠す構え。


鉄漿丸の目が、その腕に落ちた。ほんの一瞬。それから、また千早の顔に戻った。


――二十一。


谷の上のほうで、木々がざわめいた。風が、下りてくる。


灰の先が、かすかに震えた。

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