第二十話 最後の香
千早は、大香炉の前に立った。白い打掛の女が、最後の一本を差し出した。細面の、美しい女だった。目尻に差した紅が、篝火の明かりに濡れたように光っている。
差し出された線香を、受け取った。
その瞬間――
女の袖から、匂いが立ちのぼった。
千早の指が、線香を握ったまま凍りついた。吊り橋の上で嗅いだ、あの冷たい残り香。五年前に焼け落ちた家の匂いが、今、目の前の女の袖から立っている。
(この女が)
顔を上げると、女と目が合った。女は、微笑んでいた。だが、その目は笑っていなかった。
女の視線は、千早の手元に落ちていた。線香を、親指と人差し指の腹で挟み、火を自分に向けずに持つ、その手つきに。香を扱う者の、持ち方に。
女の目が、すうっと細くなった。
線香から目を逸らし、迎え火へ歩み寄った。火を移す。大香炉の灰の、ちょうど真ん中。刑部の二本の線香の、すぐ隣に。最後の一本を、突き立てた。
「千之助」
声は、震えなかった。
「居合にて、仕る」
桟敷の上で、刑部が千早を見下ろしていた。
「細いのう」
それだけ言うと、刑部は興味を失ったように目を逸らした。
主膳が、ほっとしたように扇を開いた。
「これにて、名乗りは締めといたす! 続いて、明日の組み合わせを、くじにて定める!」
足軽が、木箱を抱えて進み出てきた。主膳が、箱の中に手を入れ、木札を一枚ずつ引き抜いていく。
「明日、巳の刻。狐火の小太郎――対するは、南蛮のガルシア!」
群れが、どよめいた。札が、次々と読み上げられていく。その声は、千早の耳を素通りしていった。白い打掛の女の匂いが、まだ鼻の奥に残っていた。
「明日、午の刻」
主膳が、新しい札を掲げた。
「千之助――対するは、鉄漿丸!」
群れの向こうで、大きな笑い声が上がった。鉄漿丸だった。遊女たちを従えたまま、こちらを見ている。顎の張った顔に、あの薄い笑みを貼りつけて。
「なんだ、昨夜の腰抜けの小僧じゃねえか」
鉄漿丸が、千早に向かって口を開いた。黒い歯の女たちの前で、聞こえよがしに。
「今度は、抜けるといいな」




