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第十九話 最後の一歩
「ほかには、おらぬか」
主膳の声が、河原に響いた。誰も、答えなかった。大香炉には、十一本の線香が立っていた。細い煙が、迎え火の熱に煽られて、ゆらゆらと夜空へ昇っていく。
「おらぬなら、これにて名乗りを――」
千早は、群れの中で立ち尽くしていた。
遊里の夜。動かなかった。
弟の名乗り。駆け寄れなかった。
仇の挑発。抜けなかった。
吊るされる法師。何もできなかった。
谷に入ってから、二日。千早は、一度も、自分から一歩を踏み出していなかった。
(五年)
五年かけて、ここまで来た。弟を探して。仇を追って。その五年が、この河原で、ただ見ているだけで終わるのか。
千早は、目を閉じた。瞼の裏に浮かんだのは、炎ではなかった。濡れた目で、まっすぐにこちらを見ていた少女の顔だった。責めるでもなく、すがるでもなく。ただ、見ていた。
目を開けた。
「――待たれよ」
声が、出た。喉の奥で潰した、低い声。群れの視線が、一斉に千早に集まった。
人垣を割って、前へ進み出た。
一歩。もう一歩。
足が、地を踏んでいる。自分の足で、前へ進んでいる。
河原の端で、弾正が顔を青くするのが見えた。小太郎が、口の端を吊り上げるのが見えた。桟敷の上で、片膝をついていた蓮丸が、わずかに身を乗り出すのが見えた。




