第十八話 吊るされる法師
足軽たちが、河原の外れの暗がりへ駆けていった。やがて、両脇を抱えられて、男がひとり引きずり出されてきた。
思わず、目を見張った。
若い。盲目の琵琶法師と聞いて、千早は勝手に、白髪の老人を思い描いていた。だが、篝火の明かりの中に現れたのは、三十にも届かないであろう男だった。墨染めの衣に、剃り上げた頭。背に、琵琶を負っている。
両の目は、固く閉じられていた。瞼の周りの肌だけが、火傷の痕のように、わずかに引きつれている。顔立ちは、静かだった。乱暴に引きずられながらも、その顔には怯えの色ひとつない。
足軽たちが、男を刑部の前に投げ出した。男は、地に膝をつき、身体を起こした。
「法師」
刑部が、見下ろして言った。
「名乗れ」
「拙僧は、剣を捨てた身にございます」
男の声は、低く、穏やかだった。
「名乗る名も、立てる香も、持ち合わせておりませぬ」
刑部は、笑った。心の底から、愉快そうに。
「剣を捨てた、か」
そして、背後の坑口を振り返った。
「吊るせ」
河原が、どよめいた。
坑口の上には、鉱石を引き上げるための巻き上げ櫓が組まれていた。太い丸太の柱。軋む滑車。その下には、立坑が黒々と口を開けている。
足軽たちは、男の脇の下に縄を回し、滑車に通した。縄が引かれる。男の身体が、地を離れた。滑車が軋み、男はゆっくりと宙に吊り上げられていく。やがて、その足先は、立坑の真上に揺れていた。
底の見えない闇の上に。
「縄を放せば、山が喰う」
刑部の声は、楽しげですらあった。
「この坑は深いぞ、法師。落ちた者は、骨も上がらぬ」
吊られたまま、男は口を閉ざしていた。闇の上で、ただ揺れている。群れの誰も、声を上げなかった。
千早の足は、地に縫い止められたように重かった。遊里の夜と、同じだった。手は柄にかかっていた。抜けば、縄を断てる距離ではない。たとえ断てたとしても、男は闇へ落ちる。柄にかけた指が、ただ冷えていくばかりだった。
――また、だ。
長い沈黙のあと、吊られた男が、ぽつりと言った。
「……名乗りましょう」
鼻で笑う音がした。
「名など要らぬ。主膳、こやつの代わりに、香を立てておけ」
主膳が、慌てて白い打掛の女から線香を受け取り、大香炉に突き立てた。縄が緩められ、男が地に下ろされる。男は、その場に膝をついた。
足軽から何かを受け取ると、刑部はそれを男の膝の前に放り投げた。乾いた音を立てて、地面に転がったのは、一振りの刀だった。鞘は割れ、柄糸はほつれ、鍔は錆で赤茶けている。
「得物も持たぬと申したな。くれてやる」
刑部は言った。
「坑の底で死んだ流れ者の遺品よ。刃など、とうに錆びて残っておらぬ」
群れから、くすくすと笑いが漏れた。
「斬れぬ刀で、斬ってみせよ」
地面の錆び刀に、男の手が伸びた。指先で、鞘をなぞる。柄を探り当て、握る。それから、顔を上げた。閉じた瞼が、群れのほうを向いた。
息が、詰まった。
男の顔が、群れの中の一点で止まっていた。千早の立っている、その場所で。
見えるはずがない。男の目は、固く閉じられている。それなのに、男の顔は、まるで千早の息遣いを聞き分けたかのように、まっすぐにこちらを向いていた。




