第十四話 名乗り
「三十人斬りの、鬼塚弾正である!」
老人は大香炉の前で、胸を反らして言い放った。白い打掛の女から線香を一本受け取り、迎え火の炎で火を移す。それを大香炉の灰に突き立てて、老人は朗々と語り始めた。
「越後にて八人。上州にて十一人。甲州の山中にて、山賊ばらを十一人。しめて三十人、この腕で斬って捨てた!」
群れが、どっと沸いた。
「やるじゃねえか、爺さん!」
「三十人斬りの鬼塚だとよ!」
喝采が、河原を揺らした。千早は、黙って老人の右手を見ていた。柄を握る、あの手。鍔元にしがみつくような、力みきった手。
老人は喝采に満足げに頷き、ぐるりと群れを見回した。その目が――千早の上で、止まった。
老人の顔から、血の気が引いた。一瞬だった。老人はすぐに目を逸らし、ことさら大きく笑いながら、群れの中へ戻っていった。その背中が、心なしか小さく見えた。
(この男の嘘を知っているのは、谷で、わたし一人だ)
そのことを、胸の奥にしまい込んだ。
続いて進み出たのは、異国の男だった。赤茶けた髪。日に焼けた高い鼻。腰には、針のように細く長い剣を吊っている。
「南蛮人だ」
「なんだ、あの細っこい刀は」
白い打掛の女から線香を受け取ると、男はぎこちなく頭を下げた。
「ガルシア。サカイ、から、来た」
片言だった。男は細い剣を抜き、篝火にかざして見せた。刀身が、しなるように揺れる。河原に、笑いが起きた。
「箸か、そりゃあ!」
「蚊も殺せねえぞ!」
ガルシアは、笑い声に眉ひとつ動かさなかった。ただ、剣を鞘に納め、胸の前で小さく十字を切った。
三人目は、法螺貝の音とともに現れた。修験者だった。白い鈴懸に、結袈裟。額には、墨で梵字を書いた護符を貼りつけている。
「不動坊と申す!」
修験者は、線香を大香炉に立てると、懐から短刀を取り出した。そして、迷いなく、自分の左腕に突き立てた。
群れから、悲鳴が上がった。短刀を抜くと、腕から血が流れ落ちる。だが修験者は、顔色ひとつ変えなかった。
「見よ! 護符ある限り、刃はこの身に通らぬ!」
血は、確かに流れている。それでも本人は、痛みなど知らぬように、満足げに笑っていた。群れの誰も、何も言えなかった。
四人目は、くるくると回る穂先とともに現れた。
「待ってましたあ!」
若い男だった。二十歳そこそこ。日に焼けた顔に、人懐っこい笑み。片手で短槍を風車のように回しながら、跳ねるような足取りで大香炉の前へ進み出る。町娘たちから、黄色い声が上がった。
「小太郎さま!」
「狐火の小太郎さまよ!」
若い男は、娘たちのほうへ片目をつぶってみせた。
「狐火の小太郎! 天下一の速槍、とくとご覧あれ!」
穂先が、篝火の光を受けて、鬼火のように宙を舞った。娘たちが、きゃあと声を上げる。小太郎は、線香を大香炉に立てて、群れに向かって大きく手を振った。
その手が、ふと止まった。
小太郎の目が、群れの中の一点で止まっていた。千早の上で。小太郎は、首を傾げた。何かを確かめるように、目を細める。
すぐに目を逸らした。それでも、視線が自分の頬に貼りついたまま、なかなか離れないのを感じていた。
(なぜ、こちらを見る)
やがて、小太郎は肩をすくめて群れの中へ戻っていった。最後に、もう一度だけ、こちらを振り返って。
河原の端から、女たちの衣擦れの音が聞こえてきた。群れが、道を空ける。篝火の明かりの中を、大柄な男が歩いてくる。その背後に、女たちが列をなして従っていた。色とりどりの打掛。高く結い上げた髪。白く塗った顔。
そして、篝火に照らされて光る、揃いの黒い歯。




