第17話 二日酔いの朝
翌朝、ベッドで目が覚めた瞬間、後悔の波が押し寄せてきました。
ううぅ……頭が割れそうに痛いです……。
これは二日酔いです。知ってます。大人ですからね。
昨夜の記憶は、霧がかかったようにぼんやりしています。でも断片的には覚えていて——腕相撲で連勝したこと、ルカに水をもらったこと、チェルシーと帰ったこと。
……チェルシー。
私はがばっと起き上がりました。
なんだかものすごく迷惑をかけた気がします!
着替えもそこそこに廊下に飛び出すと、ちょうどチェルシーが部屋から出てくるところでした。
「チェルシー!!」
彼女はびくっと肩を跳ねさせ、それから私を見て、やれやれというように息を吐きました。
「……覚えてるんですか」
「ぼんやりとだけ……でも、迷惑をかけたのは分かります。本当に申し訳ありませんでした!!」
深々と頭を下げると、しばらく沈黙が落ちました。
「……顔、上げてください」
恐る恐る上げると、チェルシーは呆れたような、でも少し笑いをこらえているような顔をしていました。
「怒ってませんよ。ただ——」
彼女は私の左手をちらりと見ました。
「昨日の予言、当たってそうですね」
……予言?
首を傾げると、チェルシーはふふっと笑って歩き出しました。
「いいです。行きましょう、遅刻しますよ」
◇◇◇
霊獣舎に向かう道すがら、向こうからアルが歩いてくるのが見えました。
「おはようございます!」
元気よく声をかけると、アルは一瞬足を止め、こちらを見ました。
……あれ?
いつもと、少し違います。なんというか、表情が固いといいますか。
「……おはよう」
短い返事。
それから、少しこちらを探るような視線。
あれ……? なんだか、不機嫌?
はっ! まさか私ったらアルにまで何か迷惑をかけたのでは……?!
私は小走りで彼に近付きました。
「あの、団長。もしかして、私、昨日何かやらかしましたか……?」
アルの眉がぴくりと動きました。
「チェルシーには謝ったんですけど、もしかして団長にも何か……?」
沈黙。
横でチェルシーが、ぷっ、と吹き出しました。
「チェルシー?」
「なんでもないです、なんでも」
必死に口元を押さえています。
なんで笑っているんでしょう。
アルは苦々しい表情を浮かべてチェルシーをちらりと見て、それからゆっくりとこちらに向き直りました。
「……覚えていないのか」
「はい。ぼんやりとしか……あの、何かしましたか?」
また沈黙。
それから彼は、小さく息を吐きました。
「……いや、何もない」
「そうですか! よかったです!」
ほっと胸を撫でおろすと、チェルシーの笑いが大きくなりました。
アルは何も言わず、また前を向いて歩き出しました。……ため息を落としながら。
なんなんでしょう、二人とも。
でも私は勘が鋭いですからね!ぴんと、きましたよ!
これは恥ずかしいことをやらかした時の反応です!
いつでしたか、二日酔いの朝、同じように兄がため息をつき、友人が笑ったことがありました。
酔っ払った私は、誰彼構わず口説いていたようなのです。最後には兄に強制的に連れて帰られたようなのですが。
その時と同じですね!
──────。
……って、それは困ります!
「チェルシー! 知ってるなら教えてください!」
手を組んで懇願すると、チェルシーはイタズラっぽく笑いました。
「ふふ、だーめ。こういうのは人から聞くものじゃないですよ。団長とお話ししてください」
その笑顔が可愛すぎて、内容が頭に入りませんでした。
まぁ、笑顔ですし、たいしたことはしてないのでしょう!
一件落着です!
午後になって、アルが霊獣舎に顔を出しました。
どうやら、ピエラの相談を部長さんから持ちかけられたようでした。
ピエラもお年頃のため、番を探さないといけないのですが、どれもこれも気に入らず、ぷいと顔を背けてしまうのです。
でも、そんな無理にお見合いさせられても、イヤですよねぇ……。
私は踏み台に乗って、ピエラの翼のお手入れをしていました。
「ピエラはどんな男性が好みなの?」
「キュル、キュルルルル、キュイン!」
「んー? まだそんな気分じゃないんですね? 運命の番がいるはず?」
「キュルーン」
「まぁ! ピエラったら乙女ねぇ。私にもそんな人がいたら……」
ふ、とその人の顔が思い浮かびます。
「フィオナ」
びくっと体が跳ねました。
……何も思い浮かべた瞬間に現れなくてもいいんですよっ?!
あっ、と思った時には、踏み台から足が滑っていました。
どさっ、と地面に落ち、そのままずるずると座り込みます。
「……大丈夫か」
アルが駆け寄ってきました。
「もう! 驚かせないでください!」
立ち上がろうとして——足首に鋭い痛みが走りました。
「いっ……」
「どこだ」
有無を言わさず、アルがしゃがみこんで足首を確認します。
「少し腫れてるな」
「大丈夫です、このくらい、聖術で——」
言いかけて、はっと口を噤みました。
アルがゆっくりと顔を上げました。
「……ほう?」
じっと見つめてくる黒い瞳。
「……えっと」
「聖術で、なんだ?」
「……霊獣舎には聖術が使える職員もいると、本で読みまして」
「ほう」
「……ええ」
「そうか」
明らかに信じていない顔です。
「……まあいい。乗れ」
アルはそう言って、私の前にしゃがみました。
「え?」
「おぶって行く。歩けないだろう」
「片足でぴょんぴょん跳べば……」
「強がるな」
有無を言わさず、背中に乗せられてしまいました。
……あ。
この感じ。
広い背中と、少し重たい香り。
ゆらゆら揺れて、温くて気持ちよくて。
昨夜の霧が、じわりと晴れていくような気がしました。
そう、昨日もアルが背負って帰ってくれたんでした。チェルシーと喧嘩しながら……。
じゃあ、その前は?
やっぱり温かな記憶があります。
背中?ううん、違う……これは、膝枕……。
って、膝枕?!
私ったらなんてことを!
酔っ払って口説いたりしてないですかね?!
ふ、と言葉がよみがえります。
──いつも、ありがとう。
大好き。
「…………ッ?!」
今のはなんですか?!
思わず、アルの肩にしがみつく力が強くなりました。
「痛むか?」
「……いえ」
違います。
全然、違います。
「……フィオナ?」
アルの声が、どこか遠くに聞こえます。
私は昨夜、何を言ったんでしょう。
言えたんでしょうか。
言えなかったんでしょうか。
でも、言おうとしたのは、覚えています。
「……なんでもないです」
絞り出した声は、自分でも驚くくらい小さくて。
アルは何も言いませんでした。
ただ、私を背負う腕が、ほんの少しだけ、強くなった気がしました。




