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「つきましては、結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいのですが」

掲載日:2026/09/23

 それは、私が三十五歳の誕生日を迎えた日のことだった。

 第四騎士小隊の面々が祝ってくれ、ほろ酔いの私は上機嫌で夜の街を歩いていた。隣には、一人の部下。そいつが、突然こんなことを言いだした。


「つきましては少佐。結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいのですが」


 …………。


 たっぷり一分は固まっていたように思う。


「少佐?」


 部下が沈黙に耐えかねたように、私の顔を覗き込んできた。


 綺麗な青い目だ。いや。そんなことはどうでもいい。何が「つきましては」だ。


「断る」


「なぜ」


「君は十歳も年下で、私の部下だ。それにプライベートを仕事に持ち込む気はない」


「……なるほど。理解しました。ですが、納得はできかねます」


「知るか。無理やり飲み込め」


「……」


 その話はそれで終わった。


 ……と思っていた。


 私的な誘いなら断れば済む。

 だが、仕事に関してはそうもいかない。


 やつは戦功をあげ、上官に気に入られ、ことあるごとに私と組むように手を回した。

 そして極めつけが、これだ。


 私は四十歳で中佐に昇進し、隊長に任命された。

 そしてその隣には──


 少佐となり、副隊長に任命された「やつ」がいた。


 ……いや。なんでだ。


「君、もしかしてまだ諦めていないのか?」


 そう言うと、彼は実に心外そうに眉を上げた。


「諦めることなどあり得ません。誕生日のたびに確認申し上げておりますが」


 そう。

 つい先日の誕生日でも同じことを聞かれたのだった。


「つきましては中佐。結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいのですが」


 少佐が中佐に変わっただけだ。


「君の執着が怖いんだが」

「よく言われます」


 だろうな。


「君、顔もいいし出世株だし、モテるだろう?」

「お褒めにあずかり恐縮です」

「違うよ。だからもっと若い子のところへいけと言っているんだ」

「年齢など関係ありますか? 私の望みは中佐と結ばれることだけなのですが」


 ……こいつ、よくもまぁ、そんな恥ずかしいことを平然と言えるな。


 だが、そんなことは問題ではなかった。

 やつは突然、爆弾を投下した。


「それに十歳など離れているうちに入りません。前世では私が八十歳であなたは新生児でしたから」


「……はい?」


「私が死にかけで入院した病院で、あなたが生まれたのです。どうしたものかと思っているうちに、私は死んでしまいました」


 ……こいつはいったい何を言っているんだ。


 前世?

 八十歳と新生児?


「……キモいな」

「わかります」


 一応、わかってはいるのか。


「そういえば、あなたが二十ほど年下の時も困りました」

「どうしたんだ?」

「……」

「おい」

「……あの時は公爵として権力も金もありましたので」

「それで?」

「あなたは平民でしたので、資金援助から始めて外堀を埋めつつ……まぁ、色々あって溺愛させていただきました」


 色々を端折りやがったな、こいつ。


「ですが、あなたが既婚者の場合が一番辛かったです」

「まさか、君……」

「誤解しないでいただきたい。あなたの離婚に私は一切関わっておりません」

「信じられるか!」


 やつは仕事の報告をするように、淡々と続けた。


「ですから、今世は相当恵まれているのです。

 年は十歳しか変わらず、お互いに人間の男女で、職場も同じ。障害などあってないようなものだとは思いませんか」


 ……まぁ、そう言われるとそんな気もしなくもない……のか?


 ……いや、待て。

 今何つった。


 人間の男女でないことすらあったのか?


 いやいやいやいや、そうじゃなくて!

 なんで前世なんてもんを私は受け入れてるんだ。そこから怪しいだろうが。


 何が狙いなんだ、こいつ。


「何も狙いなんてありませんよ」

「……声に出したか?」

「目を見れば分かります。あなたが亀の時よりは分かりやすいので」


 ……亀。


 亀時代があったのか。私の前世。

 しかし、よく見つけたな。怖ぇわ。


「中佐には財産がありますか?」

「ない」

「権力は?」

「君を左遷すらできないんだぞ?」

「年齢は?」

「四十だと知ってるだろう」

「では、あなたを騙して何になりますか?」


 …………。


 ……確かに。


「ご納得いただけましたか? それでは結婚を前提としたお付き合い……が面倒でしたら、これから役所に婚姻届を提出しに参りましょう」


「待て。だからって君と結婚する理由はないぞ」


「……溺愛しますが」

「いらん」

「養いますよ」

「仕事には困ってない」

「いずれ総帥にまで登り詰める男ですよ」

「なんだその皮算用は」


 やつは、むぅ、と考え込んだ。


「それでは、中佐の望みはなんですか?」

「私?」

「はい」


 ……はて。なんだろう?


「定年まで勤め上げて、年金でのんびり……」


 ……なんか言ってて悲しくなってきた。

 でも別にこれまでの人生に悔いがあるわけじゃないんだよな。

 騎士として国を守ってきた自負もあるし、それなりに楽しくやってきたし。


 そんなようなことを言うと、やつは、にこりと微笑んだ。


「では、その人生に私を置いていただけませんか。置き物で構いませんので。ただ、あなたを愛することだけはお許しください」


「……」


「……困ってますか?」


「いや……今と何が違うんだ?」


 私とやつは、はた、と目を見合わせた。


「何も変わりませんね」

「だろう?」

「……困りました」

「なんで」

「やはりキスはしたいので」

「図々しい置き物だな」

「つきましては中佐」


 やつは私の手を取り、青い目でまっすぐに見つめてきた。


「結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいのですが」


「……戻ったじゃないか」

「はい。やはりこれが一番かと」


 真面目な顔でそう言われ、私はため息をついた。


「もう、なんでもいいよ」


 しかし、すぐに私は思い知らされることになるのだった。


 そんなことを言った一秒前の自分を殴ってやりたい──と。



 おしまい。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも楽しんでいただけましたら、とても嬉しいです。

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下記、別の転生もの長編です。

よろしければお立ち寄りください。


大聖女ですが、今世は普通の愛され女子を目指します! 〜なのに聖騎士団長様が過保護に甘やかしてくるのですが、もしかして正体バレてます!?〜


https://ncode.syosetu.com/n5797ms/

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