「つきましては、結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいのですが」
それは、私が三十五歳の誕生日を迎えた日のことだった。
第四騎士小隊の面々が祝ってくれ、ほろ酔いの私は上機嫌で夜の街を歩いていた。隣には、一人の部下。そいつが、突然こんなことを言いだした。
「つきましては少佐。結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいのですが」
…………。
たっぷり一分は固まっていたように思う。
「少佐?」
部下が沈黙に耐えかねたように、私の顔を覗き込んできた。
綺麗な青い目だ。いや。そんなことはどうでもいい。何が「つきましては」だ。
「断る」
「なぜ」
「君は十歳も年下で、私の部下だ。それにプライベートを仕事に持ち込む気はない」
「……なるほど。理解しました。ですが、納得はできかねます」
「知るか。無理やり飲み込め」
「……」
その話はそれで終わった。
……と思っていた。
私的な誘いなら断れば済む。
だが、仕事に関してはそうもいかない。
やつは戦功をあげ、上官に気に入られ、ことあるごとに私と組むように手を回した。
そして極めつけが、これだ。
私は四十歳で中佐に昇進し、隊長に任命された。
そしてその隣には──
少佐となり、副隊長に任命された「やつ」がいた。
……いや。なんでだ。
「君、もしかしてまだ諦めていないのか?」
そう言うと、彼は実に心外そうに眉を上げた。
「諦めることなどあり得ません。誕生日のたびに確認申し上げておりますが」
そう。
つい先日の誕生日でも同じことを聞かれたのだった。
「つきましては中佐。結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいのですが」
少佐が中佐に変わっただけだ。
「君の執着が怖いんだが」
「よく言われます」
だろうな。
「君、顔もいいし出世株だし、モテるだろう?」
「お褒めにあずかり恐縮です」
「違うよ。だからもっと若い子のところへいけと言っているんだ」
「年齢など関係ありますか? 私の望みは中佐と結ばれることだけなのですが」
……こいつ、よくもまぁ、そんな恥ずかしいことを平然と言えるな。
だが、そんなことは問題ではなかった。
やつは突然、爆弾を投下した。
「それに十歳など離れているうちに入りません。前世では私が八十歳であなたは新生児でしたから」
「……はい?」
「私が死にかけで入院した病院で、あなたが生まれたのです。どうしたものかと思っているうちに、私は死んでしまいました」
……こいつはいったい何を言っているんだ。
前世?
八十歳と新生児?
「……キモいな」
「わかります」
一応、わかってはいるのか。
「そういえば、あなたが二十ほど年下の時も困りました」
「どうしたんだ?」
「……」
「おい」
「……あの時は公爵として権力も金もありましたので」
「それで?」
「あなたは平民でしたので、資金援助から始めて外堀を埋めつつ……まぁ、色々あって溺愛させていただきました」
色々を端折りやがったな、こいつ。
「ですが、あなたが既婚者の場合が一番辛かったです」
「まさか、君……」
「誤解しないでいただきたい。あなたの離婚に私は一切関わっておりません」
「信じられるか!」
やつは仕事の報告をするように、淡々と続けた。
「ですから、今世は相当恵まれているのです。
年は十歳しか変わらず、お互いに人間の男女で、職場も同じ。障害などあってないようなものだとは思いませんか」
……まぁ、そう言われるとそんな気もしなくもない……のか?
……いや、待て。
今何つった。
人間の男女でないことすらあったのか?
いやいやいやいや、そうじゃなくて!
なんで前世なんてもんを私は受け入れてるんだ。そこから怪しいだろうが。
何が狙いなんだ、こいつ。
「何も狙いなんてありませんよ」
「……声に出したか?」
「目を見れば分かります。あなたが亀の時よりは分かりやすいので」
……亀。
亀時代があったのか。私の前世。
しかし、よく見つけたな。怖ぇわ。
「中佐には財産がありますか?」
「ない」
「権力は?」
「君を左遷すらできないんだぞ?」
「年齢は?」
「四十だと知ってるだろう」
「では、あなたを騙して何になりますか?」
…………。
……確かに。
「ご納得いただけましたか? それでは結婚を前提としたお付き合い……が面倒でしたら、これから役所に婚姻届を提出しに参りましょう」
「待て。だからって君と結婚する理由はないぞ」
「……溺愛しますが」
「いらん」
「養いますよ」
「仕事には困ってない」
「いずれ総帥にまで登り詰める男ですよ」
「なんだその皮算用は」
やつは、むぅ、と考え込んだ。
「それでは、中佐の望みはなんですか?」
「私?」
「はい」
……はて。なんだろう?
「定年まで勤め上げて、年金でのんびり……」
……なんか言ってて悲しくなってきた。
でも別にこれまでの人生に悔いがあるわけじゃないんだよな。
騎士として国を守ってきた自負もあるし、それなりに楽しくやってきたし。
そんなようなことを言うと、やつは、にこりと微笑んだ。
「では、その人生に私を置いていただけませんか。置き物で構いませんので。ただ、あなたを愛することだけはお許しください」
「……」
「……困ってますか?」
「いや……今と何が違うんだ?」
私とやつは、はた、と目を見合わせた。
「何も変わりませんね」
「だろう?」
「……困りました」
「なんで」
「やはりキスはしたいので」
「図々しい置き物だな」
「つきましては中佐」
やつは私の手を取り、青い目でまっすぐに見つめてきた。
「結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいのですが」
「……戻ったじゃないか」
「はい。やはりこれが一番かと」
真面目な顔でそう言われ、私はため息をついた。
「もう、なんでもいいよ」
しかし、すぐに私は思い知らされることになるのだった。
そんなことを言った一秒前の自分を殴ってやりたい──と。
おしまい。
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