教導
「シズカさん、おかわり!」
「あらあら、マスキュラー君は元気ですねぇ」
「本当に遠慮も躊躇もなく食べてる……」
俺はそのまま堂々とグレン家に上がり、師匠としてご飯を食べさせてもらうことにした。
今日はあのあのふくよかなおばさんのおうちに泊まらせてもらうが、明日からは衣食住全てをグレン家にお願いする所存である。
シズカさんが出す飯は、めちゃくちゃ美味かった。
ポトフと野菜炒めという家庭的な料理がなぜここまでの美味さを発揮するのか……美味すぎて思わず三杯目のおかわりを頼んでしまった。
「いやぁ、まったくグレンは手のかかる子でして」
「……僕、まだ何も教わってないんだけど?」
そして師匠風を吹かそうとしたら普通に失敗した。
慣れないことはするもんではないな、うん。
「修行は明日の朝からだ。まずは魔力を感知できるようになるところからだな」
「ああ、わかった」
どこまで鍛えるかは悩みどころだが、ひとまず最低限身体強化が使えるところくらいまでは行っておきたい。
とりあえず腹ごしらえをしてたっぷり寝たら、俺も明日に備えることにするか。
「おかわり!」
「まだ食べるのか……」
「はいはい、マスキュラーくんは食いしん坊ですね」
この後めちゃくちゃおかわりした。
♢♢♢
食べ過ぎてさすがに申し訳ないので、普通にご飯代は払ってからグレン家を後にしたその次の日。
無事宿泊の約束を取り付けた俺はがっつりと食べた朝ご飯を消化しがてら、グレン達のことを鍛えていくことにした。
「魔力を感知するまでには二つの方法がある。時間がかかるが安全にできる方法と、すぐにできるが危険な方法だ」
「それなら……僕は前者でお願いしようかな」
「お前、男がそんなんでいいのかよ」
「いや、だってマスキュラーの言う危険って本当に命が危なくなりそうで」
「そして実は俺は、後者の方法しかできない」
「ダメだこの師匠!?」
俺の衝撃のカミングアウトに、グレンが白目を剥きながらツッコんでくる。
たしかにフィーネもミスったら死ぬとか言ってたような気がするが……グレンほどの才能があるやつならまずミスんないから平気だろ。
だからそんな心配しそうな顔しなくても大丈夫だって、マジで。
「一応前者のやり方もある程度は教えられるが、あれは魔力が知覚できるようになるまでに半年とか一年とかかかる。俺もそこまでちんたらしていられないから、どっちにしろ無理だぞ」
「……わかった、そういうことなら」
それじゃあ早速始めていくことにしよう。
こうやって直接マンツーマンで一から教えるのって実はほとんど始めてなんだよな。
あの時のフィーネは、なんて言ってたっけ……。
「基本的に魔力は、体内をぐるぐると循環しているわ。だからまずはそれを知覚する必要がある。けれど自分の魔力っていうのは、案外気付きにくいものなのよ。生まれた時からずっと共にあるものだから、意識するのが難しくなってるってわけ。だからそれを無理矢理知覚するために……」
「……なるほど、他人の魔力を流し込む。自分の体内に他人の魔力を入れるから危険ってことか」
「その通り! 今から私の魔力を使って、あなたの魔力を刺激するわ。そうすると混ざり合った二人分の魔力が全身を巡ることになる。自分のものじゃない魔力が入ってくるから最初は違和感がすごい……らしいわ、実際にどうなるのかは私も知らないけど。素早く上手く魔力を操作できないと、そのまま魔力が暴走して大変なことになるみたいよ。それじゃあ、準備はいい?」
「ああ、構わないが……なんで急に口調が変わったんだ?」
「……俺の魔法の師匠の言葉をトレースしたからだな」
いかん、一言一句間違えないように言おうとしたらつい女言葉になってしまった。
俺の高すぎる記憶能力が徒になったな。
「……本当に、頼りになるのかならないのかわからない人だな……」
「目を瞑って意識を身体の内側に集中させろ、その方が魔力を感じ取りやすいぞ」
なのでここからは俺の言葉でしっかりとやらせてもらう。
言われた通りに素直に目を閉じるグレンの背中にそっと手を当てる。
「身体の中を巡る魔力は、いわば血みたいなもんだ」
「血?」
「ああ、血を通している血管のように、魔力が全身にくまなく行き渡っているようなイメージだ。魔法を使う時だけじゃなく、魔力感知や魔力操作でもイメージは大切だからな」
軽く毛細血管や動脈静脈と言った血に関する知識を与えていき、魔力というものをより具体的にイメージさせやすいものに変えていく。
俺が上手くできた方法をそのままトレースすれば、上手くいく確率は上がるだろう。
「よし、それじゃあ行くぞ」
「わかった!」
体内から取り出した純魔力を、グレンの身体の中へと入れる。
入れすぎると異物感がすごいから、なるべく少なく……うーん、なかなか難しいな。
いや、これも大切なのはイメージだ。
純魔力を魔力凝集で他人の身体の中に入れるイメージで……おっ、入った。
「――っ!?」
俺の体内に魔力を入れられたグレンが、目を閉じたまま眉を顰める。
「これが……魔力っ!? なんだこれ、気持ち悪い……」
「今感知できたのが俺の魔力だ! それとは別に自分の中にある魔力がわかるか?」
「……わかる。そうか、これが魔力……」
グレンがゆっくりと目を開く。
さっきまでよりもさっぱりとした顔をしていて、まるで別人のようだ。
うん、やっぱりこいつもしっかり一発でできたな。
「すごいな……まるで世界が変わったみたいだ」
俺が入れた魔力によって刺激されたことで、大量の魔力が外に漏れ出している。
グレンの魔力はどこまでも赤い深紅だった。
俺の金色の方が格好いいな、はい俺の勝ち!
なんで負けたか、明日までに……っと、さすがにふざけてる場合じゃないな。
そしたら次のステップ、魔力操作に行こう。
「今魔力が知覚できたからわかったと思うが、今お前は魔力が垂れ流しになっている。そしたら次はそれを押さえる訓練だ。魔力を内側に押しとどめろ!」
「魔力を、内側に……」
「魔力で膜や繭を作って、それを体内にぎゅっと凝縮させていくイメージだ! 魔力を扱う上で一番大切なのはイメージ! とにかくイメージを明確にしていけ」
「内側に、留める……油の膜のような……」
周囲に垂れ流しになっていたグレンの魔力が、徐々に彼の身体の周囲に沿うような形に変わっていく。
だがなんというか……形自体がいびつでぐねぐねと不定形のまま、上手く一つの形に固定されていない。
一分経っても二分経っても、状況は変わらなかった。
魔力が全身に留まり魔力凝集もどきみたいなことはできているが、魔力は変わらず漏れたまま。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
俺がジッと見ているとそのままグレンは膝をつき……全身からフッと魔力が消え、その場で倒れ込んだ。
見ればグレンは完全に気絶している。
どうやら魔力を使い果たして意識を失ってしまったようだ。
……どうしよう、このパターンは知らないぞ。
もしかしてどっかでやり方ミスったか?
グレンの身体に意識を向けてみると、その内側に未だ俺の魔力が異物として残っているのがわかった。
おそらくこいつがある限り、グレンの魔力はずっと刺激されて外に出続けることになるだろう。
となるとやるべきは……。
「俺の純魔力を使って、魔力を引っこ抜く……っ!」
高速で動き回る他人の体内を巡る魔力を探し出すのは至難の業。
最初は金魚すくいのように上手く流れに沿って取ろうとしたが、そもそもレーンに流れる射的とかもできない俺には難しい。
なので狙う場所を一カ所に固定し、そのまま来た瞬間にすくい上げる方式で行かせてもらうことにした。
「――今ッ!」
身体強化を使ってコンマ一秒にも満たぬ速度で俺の魔力を引っこ抜き、再び俺の体内へと入れることに成功。
どうやら完全に俺の魔力だけを取ることはできなかったらしく、一緒に少しだがグレンの赤い魔力も入ってきてしまった。
だが不思議なことに、以前フィーネに魔力を入れられた時のような異物感がない。
魔力は俺の身体に馴染み……すぅっと内側に溶け込んでいってしまった。
え、これ大丈夫か?
「……ま、いっか」
身体から魔力が漏れ出すようなこともなく、グレンの魔力は徐々に回復し始めていた。
ふぅ、どうなることかと焦ったが……なんとかなったな。
純魔力を流し込んだり、魔力を他人の身体から引っこ抜いたり。
教える側としても、色々と収穫の多い授業だった。
「ん、ここは」
十分ほど待っていると、グレンはゆっくりと目を覚ました。
「よう」
「あれ、マスキュラー……って、そうだ! 魔力は!?」
彼は自分の身体を見て、そこから真っ赤な魔力が漏れ出していないことを知り、ホッとした様子で尋ねてくる。
「あの後一体どうなったんだ?」
「お前が魔力切れでぶっ倒れた、俺が魔力を引っこ抜いた」
「どうしよう、多分説明は合ってるんだろうけど全然理解ができない……っ!」
とこうして無事グレンの魔力の知覚は終わり、俺は昼ご飯を食べに再びグレン家へと戻るのであった。
しっかしグレンでも魔力操作は一発でできないのか……ひょっとして俺って才能あるのかもって勘違いしそうになるぜ。
まあ、さっきのあれでいくつか閃けたこともある。
グレンを鍛えている間、俺もいろいろと頑張ってみることにしようか。
まだまだ強くなるぜ、俺は。




