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歴代魔王、全部倒す ~ナンバリングタイトルラストの悪役貴族に転生したら歴代主人公がラスボスを一体も倒してくれてなかったので、ゲーム知識で全員ぶちのめします~

作者: しんこせい
掲載日:2026/08/28


「ひいっ、お許し下さい、ルスト様!」


 ふと気がついた時、俺の目の前には涙を流しながら平伏しているメイドの女の子の姿があった。

 えっと……これ、どういう状況?


 足下には割れた花瓶が砕け散っている。

 多分だが花瓶を割ったメイドを俺が折檻しようとしている構図……なんだろうか。


 もう少し状況を知りたいと視線を上げていけば、向こう側に青銅製の姿見が見える。

 そこから覗く姿を見て……俺は絶句した。


「おいおい、嘘だろ。俺が……ルストに……?」


 ルスト・フォン・アストレアとは、俺が大好きだったゲームの『ファスティアファンタジー11』にて出てくるキャラだ。

 まごうことなき噛ませ犬であり、最終的に主人公にボコボコに負けた後に廃嫡され全てを失ってホームレスにまで落ちる悲しき男である。


 口癖は『俺は悪くない』。

 基本的には大体ルストが悪いのに全ての責任を他者になするつけるその他責っぷりから、言葉の最後に『俺が悪くない』とつけるルストミームが『ファスティアファンタジー11』を知らない人達の間でも有名になった男である。


 アストレア伯爵家の嫡男でありながら己の才能にあぐらを掻き、他人を馬鹿にすることで精神の安定を保つような正真正銘のクズ……どうやら俺はそんな男に転生してしまったらしい。


 いや、それはいい。

 まあ全然良くないし、なんなら破滅確定の未来が決まってるからめちゃくちゃヤバくはあるのだが……俺は今、自分の破滅フラグが霞むほどの衝撃を受けてしまっていた。


「顔を上げてくれ。えっと、君は……ラミィ、だったよな」


「名前を覚えていて下さり光栄です、ルスト様」


「ラミィ、花瓶を割ったことは怒ってないから、顔を上げてくれ」


「は、はいっ!」


 メイドのラミィがうるうると潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。


「すまなかったな……間違いは誰にでもある。次からは割らないように気をつければいいさ」


「ルスト様が謝ってくださるだなんて……」


 庇護欲をそそる姿をした彼女にまず軽く謝ると、信じられないものを見たかのように仰天された。

 そしてそれだけのことで、ラミィの大きくマイナスに振れていた好感度が上がっていくのを感じる。


 これだけで評価が爆上がりするとか……一体ルストの私生活は、どれだけ終わっていたのか。

 自分のことなのに悲しくなってきた。

 女の子には優しくしとけよ、ルスト。


「ラミィ、一つ聞きたいんだが……」


「えっと……一体なんでしょうか」


 癇癪を受けるのを恐れてビクビクするラミィに申し訳なさを感じながら尋ねる。


 これはとても、とても大切な質問だ。

 下手をすれば……俺がルストに転生したことよりも重要な。


「どうして――人類はまだ、魔王に滅ぼされていない?」









 『ファスティアファンタジー11』は、そのタイトルからもわかるように『ファスティアファンタジー』の11個目となるナンバリングタイトルだ。


 勇者が魔王を討ち滅ぼす王道RPGである『ファスティアファンタジー』。

 当然ながら各タイトル毎に魔王は滅ぼされ世界には平和が戻るはずなのだが……


「ラスボスが一体も倒されてないとか……冗談も大概にしてくれ!」


 なぜかこの世界では、歴代のラスボスである魔王達が全員、現存していた。


 ここに今作のラスボスが加わることで、魔王の数は合わせて十一体になる。


 いや、自分で言ってて思ったが十一体になる、じゃねぇよ。

 いくらなんでも多すぎるだろ。


 勇者はどこ行ったんだよ、勇者は!

 職務怠慢も甚だしすぎる!


「マジかよ……」


 ラミィを下がらせた俺は、私室で一人頭を抱えていた。

 本来であれば討伐されたはずの魔王が生きていることで、この世界は既に『ファスティアファンタジー11』とは大きく異なる様相を呈し始めている。


 そもそも王国の広さ自体がゲーム開始時の半分ほどにまで減っているし、隣国もいくつかが魔王達によって滅ぼされ、魔王領として領地を接している状態だ。


 魔王達が王国よりはるかに広大な領土を、魔王同士で争って奪い合っている。

 そんなアポカリプスな状況を見れば、なんで人間が滅ぼされてないのか疑問に思ってもしょうがないだろう。


「人間が雑魚過ぎて放置されてるとか……終わってるってこの世界……」


 先ほどのラミィの質問の答えは、あまりにも無情だった。


『えっと、魔王達は人間なんていつでも滅ぼせるから、先に他の魔王を潰そうと動いているんだと思いますけど……』


 いつでも潰せるし、それならまずは他の魔王の領地を狙うか……そんなシミュレーションゲームの弱小領地みたいな扱いのおかげで、人類はギリギリ生存ができているらしい。


 そして俺は魔王達の領地に挟まれた魔王サンドイッチ状態でこれから『ファスティアファンタジー11』の世界を生き延びなければならない。


 いや、魔王の領地ってなんだよ。

 侵略者側の魔王が領地経営始めるんじゃねぇ。


「ふぅ……」


 ゆっくり深呼吸をしながら自分を落ち着ける。

 こういう時は一旦冷静になってやるべきことを考えるのがいい。


 俺がやらなければならないことは、大きく分けて二つある。


 まず一つ目は、大前提として悪役貴族として破滅の運命から逃れること。

 ルスト・フォン・アストレア……アストレア伯爵家の嫡男であるルストはこのままの生活を続けていれば、ゲームと同様最終的には廃嫡され、婚約破棄もされ、ホームレスになりながら『それでも俺は悪くない!』と叫び続ける化け物になってしまう。


 俺が俺としてこれからも不自由ない暮らしを続けていくためには、まずは現状を打開して破滅フラグを回避することが重要だ。

 他人に全ての責任を擦り付けるまごう事なき人間のクズを卒業し、謝っただけで驚天動地となるルストのイメージを世間から払拭しなければならない。


 そして二つ目は、なんとしてでも人類の滅亡を阻止すること。


 いつ滅ぼされるかもわからないこんな状況では、おちおちと安心してご飯を食べることも出来ない。


 俺の安眠と美味しいご飯のためには、未だ11の世界になってもこの世界で平然とのさばり続けている魔王共を討伐する必要がある。


 ――全シリーズをしっかりとやりこみ、アンケートにも長文のレビューを書いて送り、個人ブログに二万字を超える考察を書き込み、人気投票では五十通もの手紙を送った生粋のオタクである俺の脳内には、各ナンバリングを横断するあらゆるゲーム知識が入っている。


 ナンバリングタイトルごとに異なる職業や戦闘システムなどの知識に、ラスボスである魔王の体力や使う能力、そして隠しギミックやレアアイテムの場所etcetc……これら全てを駆使すれば、魔王共を懲らしめてこの世界に平和をもたらすことも、決して不可能ではないだろう。


 魔王が倒されていないということは、既に勇者は過去に十度魔王討伐に失敗しているということ。

 今回の11でだけ勇者が覚醒して全部の魔王を倒してくれるというのは、あまりにも希望的観測が過ぎるだろう。


 だったらラスボスであるエンドルゥも含めて十一体の歴代魔王を……俺が全部、倒すしかない。

 相当厳しい道のりにはなるだろうが……クリアまでの道程が厳しければ厳しいほど燃えるのがゲーマーの性だ。


 やってやるさ……この生まれ変わったルスト・フォン・アストレアがな!





♢♢♢



 ゲーム開始までに残された時間は二年。

 ちんたら悠長に過ごしている余裕はない。

 俺は善は急げと、一月ほどで戦闘のために必要な諸々の準備を済ませると、旅に出ることにした。


「というわけで爺、俺は今から旅に出かけてくる」


「坊ちゃま、一体どこへ……?」


 既に旅装に身を包み、リュックを背負っている出で立ちを俺を引き留めようとするのは家宰のセバス。

 屋敷の一切を取り仕切る男で、俺はかつて何度も彼に不祥事の尻拭いをしてもらったことがある。

 屋敷の中でも数少ない俺の味方と言える人物で、俺のことを常に献身的に支えてくれている男だ。


「それは……言えないんだ、すまない」


「ぼ、坊ちゃまが謝っている!?」


 そしてそんな家宰ですら、普通に謝るだけで好感度が上がっていく。


 逆に凄いだろこれ。

 今までなんでそんなに頑なに謝らなかったんだよ。

 謝罪に親でも殺されたんか?


「だが……とても大切なことなんだ。今から数日ほど家を空ける。今までにも何度か、夜遊びをして帰ってこなかったことがあるだろう? あれと同じように適当に処理をしておいてくれ」


「坊ちゃま……」


 セバスはジッとこちらのことを見つめる。

 いつものようにニコニコとした表情ではなく、その表情は真剣そのもの。

 こちらを見定め、俺の様子が以前とは明らかに違うことに気付いた彼は……。


「……かしこまりました。ご帰還をお待ちしております」


 そう言うと直角に頭を下げる最敬礼で、俺のことを見送ってくれた。

 二階の窓からは、メイドのラミィがこちらに向けて勢いよく腕を振ってくれているのが見える。


 少しは見直されている……のだろうか。

 まったく、ただ自分の非を認めて謝るだけで良かったっていうのに……そんなこともできなかったかつての自分が情けなくなってくる。


 ちょっくら魔王討伐をして帰ってきたら……その後で、二人に詫びのお菓子でも買っていこう。

 どんな顔をしてくれるのか、今から楽しみだ。





 自分で言うのもなんだが……ルスト・フォン・アストレアは天才である。


 身体能力と魔法に関しては天賦の才があり、既に学院入学前の十三才である現時点で上級魔法を使いこなすことができるというぶっ壊れた性能をしている。

 しっかりと努力を続けることができていれば、勇者に追い越されることもなかったのではないか……そう思ってしまえるほどのスペックだ。


「レベルもスキルもないのには参ったが……やるしかないな」


 本来『ファスティアファンタジー』にはレベルとスキルの概念があるのだが、残念なことにこの世界においてはその二つは存在していなかった。


 ただ戦えば戦うほど強くなったり、同じ技を使い続けることで新たな技に派生することはあるようなので、おそらく経験値や熟練度のような形で置き換えられているのだろう。


 自身のレベルが把握できていないが、鍛錬や魔物などを倒した量から考えて、おそらく俺はまだ現時点ではほとんど経験値も熟練度も稼いでいない。


 ルストは才能にかまけて努力をしない怠惰な人間だった。

 だが奇しくもその結果として、一筋の光明が生まれた。


(これだけの才能を持っていて、まったく努力をしていないこの状態なら……あいつと戦うことさえできれば、勝てる!)


 俺は一人にやりと笑いながら、パンパンになったリュックを背負い先へ進んでいく。

 ちなみにこいつには空間魔法がかかっており、その収納量は軽く一軒家ほどはある。


 しばらく歩くとそこに、まばゆい光の結界が現れる。

 人類が未だ滅んでいない理由の一つがこれだ。

 教会の人間達が張ってくれているこの聖結界は、人類と魔物の生存権を分けている境界線である。

 強力な魔物達の侵入を防いでくれているこの結界の先には、当然ながら強力な魔物達が溢れかえる魔王領が待っている。


 そう、俺が向かう先は、人里を抜けた奥にある森林地帯……『ファスティアファンタジー2』のラスボスである『最強』の魔王エグゾノートの魔王領である。






「GISYAAAAA!!」


「KURUUUUUUU!!」


 トレントの上位種であり見上げるほどの体躯を持つエルダートレントや、口から冷気の籠もった吐息を吐き出すフロストスネーク。


 『ファスティアファンタジー』においては終盤に出てくる強力な魔物達であり、今の俺が全力を出してもギリギリ勝てるかどうか……というやつらがそこらへんにうじゃうじゃと動き回っている。

 そんな魔物達の間を、俺は戦うことなくスッと抜けていく。


「そろそろ足しておくか……」


 肩からかけているホルスターからガラス瓶を取り出し、中に入っている透明な液体をぱしゃりと身体にかける。

 こいつは教会が出している、清めのアイテムの聖水だ。


 シンボルエンカウント方式である『ファスティアファンタジー』において聖水は、魔物達から感知されなくなるという能力を持っていた。

 この世界でも同じ形で活用が可能なのだが、その分値段がべらぼうに高い。


 今俺が使っている最上級聖水は、効果時間が五分もないくせに値段は優に金貨十枚以上もする。


 俺はこの聖水を集めるために小遣いを使いきり、自身が持っていた美術品などのコレクションも全て売り払っている。

 もはや俺に後はない。

 これから先の戦いで負ければ、俺は文無し廃嫡ホームレスという正史通りの道を行くことになるだろう。


 だがそれだけの大枚をはたいた価値はあった。

 こうして一番強力な魔物にも使えるおかげで、俺は今までの道中一度も魔物達と戦闘をすることなく奥へ奥へと進むことができているのだから。


 リュックの中に詰めた聖水を使い、味のしないぼそぼそとした乾パンを食べながら先へ進む。

 木のうろの中で寝袋に入って睡眠を取り、日が昇れば戦えばただでは済まない魔物達を横目に早歩きを続ける。

 そして苦節三日目にして、俺はようやくお目当ての魔物を探すことに成功していた。


(あれが……『最強』の魔王、エグゾノート)


 森の中に作られている閑静な住宅の中に、エグゾノートの姿があった。

 白髪の、人の悪そうな笑みを浮かべた老人だ。

 その姿は、一見すると杖を持った普通のジジイにしか見えない。


 もちろん見た目は弱そうだが、『最強』の二つ名を持つ魔王が弱いはずもない。

 エグゾノートは、ここに来れるような人間達が束になっても敵わないほどの強さを持っている。


「すうううぅ……はぁぁ……」


 ゆっくりと深呼吸をする。

 まさか前世の記憶を取り戻してから初の戦闘が魔王戦になるとは思わなかったが……大丈夫だ。

 俺ならやれる。

 この世界のために……死んでもらうぞ、エグゾノート!


「テンペストフレイム!」


 俺はまず、中級火魔法のテンペストフレイムを発動させた。

 屋敷が突如として燃え上がり、中に入っていたエグゾノートごと燃やしていく。


「まったく……また性懲りもなくやって来おったか。今度はどこの……おや、人間か」


 燃える屋敷からゆったりとした足取りで出てきたエグゾノートはこちらを見て、明らかに驚いていた。

 魔王同士の戦争ばかりしていたせいで、人間の姿を見るのがずいぶんと久しぶりのようだ。

「これは珍しい……結界の中に引っ込む以外にも、人間には能があったのか」


 魔法を食らったにもかかわらずエグゾノートにダメージが入っている様子はまったくない。

 そりゃあそうだ。

 ほとんど魔物との戦闘経験がない俺の中級魔法が、ラスボスである魔王に効くはずがない。

 だがそんなことは承知の上。

 それでも勝てるという算段があるからこそ、俺はここにいる。


「まさかこのエグゾノートに挑む人間が再び現れようとは……いいだろう。この私……『最強』のエグゾノートが、その希望を打ち砕いてくれる!」


 奇しくも『ファスティアファンタジー2』とまったく同じ台詞を吐きながら、エグゾノートがその全身を怪しく輝かせた。


 どうやらさっそく第一の能力を発動させたらしい。


 ――エグゾノートには、四つの特殊能力がある。

 それら全てを組み合わせて使うことで、こいつは『最強』の名をほしいままにしているのだ。


 まず第一の力とは、相手の能力をコピーした上で増幅する『模倣の魔王』。

 戦う際相手のステータスをトレースし、それを一回り上回るステータスへと己の能力値を変更させる能力である。


 勇者達は、たとえどれだけ自分のことを強力に鍛え上げたとしても、この『模倣の魔王』によって常に全ての能力で上回られる。

 しかもこの上回るステータスは乗算によって決まるため、能力値が高ければ高いだけその差も大きくなってしまう。

 おそらくエグゾノートが今も生きているということは、他の魔王達もこの『模倣の魔王』に苦しめられているのだろう。

 だが……


「せいっ!!」


 その能力は、才能に構えてまったく自分を鍛えてこなかったこのルストにはまったく通用しない。


 俺の振り下ろしを食らった魔王は……その頬に赤い線を走らせた。


「なん……だとっ!?」


 エグゾノートが自身の頬から垂れる血を見ながら、愕然としていた。

 こいつが参考にするのは自分ではなく相手のステータス。

 故に全然鍛えられていない俺の能力を一回り上回ったとて、ぶっちゃけ道中逃げまくってた魔物以下のステータスにしかなっていない。


 だがそれでもこいつは今の俺よりはるかに強いのは変わらない。

 故に俺がエグゾノートに勝つためには、第二の能力を利用してやる必要がある。


「ごっきゅ! がぼがぼっ!」


 俺はこちらを見て愕然としているエグゾノートの前で、用意していた薬品をものすごい勢いで自分の身体に流し込んでいく。


 一欠片摂取しただけでで自分の身体が痺れるオオマヒダケの粉末に、飲んだだけで高熱が発される熱暴草、そして食べるだけで体調が悪くなり寒気が止まらなくなる上毒草……アストレアで金に糸目をつけずかき集めた強力な毒薬を全て身体に流し込んでいくことで、一瞬にして俺の体調は最低を割り込んで死にかけの病人のようになった。


「ぐわああああっっ!? き、貴様、何をっ!?」


「決まってるだろ……死にかけてやってるんだよ、お前のために」


 だが、苦しんでいるのは俺だけではない。

 俺がぷるぷると生まれたての子鹿のようになっているその向こう側で、エグゾノートもまたうなされながら全身を震わせていた。


 ――エグゾノート第二の能力とは、相手のバフを己にもフィードバックさせる力、『高め合う魔王』。

 ただこの能力には明確な弱点があり、バフだけではなくデバフすらも完全に相手とリンクして共有してしまう。


 おまけにそのバフ・デバフの効果も乗算でつくため、こうして俺の体調を毒を食らいまくって下げに下げてやれば……


「お、おえええええっっ!!」


 エグゾノートの毒による体調不良は、俺よりもよりひどいものになる。

 一回り上のステータス差をひっくり返せるくらいにな。


 エグゾノートはその場に崩れ落ちながら、吐瀉物を地面にぶちまける。

 ははっ、魔王が無様なこった。


「どらっ!!」


 だが当然ながら毒だけでは魔王は殺せない。

 俺は何もされずとも勝手にボロボロになっていく魔王目掛けて、剣を振り下ろす。

 今度はさっきまでよりも更にダメージが入り、魔王の身体に大きな傷ができた。


 まだほとんど戦ってもいないのに、既に俺もエグゾノートも瀕死の病人のようにボロボロだ。


 高め合いの逆、低め合いだ。

 エグゾノート、お前がこっちまで落ちてくるんだよぉ!!


「お、お前……なんというふざけたことを……」


「うっぷ……覚悟を決めた男の本気、舐めんじゃねぇっ!!」


 悪寒を必死になってこらえながら、ふらつく足取りで魔王を切り刻むべく剣を振る。

 一撃、二撃、三撃。


 普段の切っ先が残光を残るような斬撃と比べるべくもない、ハエを叩き斬ることすらできないような、のろのろとした剣だ。

 だが俺の剣は、たしかにエグゾノートに届いていた。


 その身体に傷がどんどんとついていき……そしてバタリと倒れる。

 そしてその身体が輝きだし……先ほどまでの老人の皮がベリベリと剥がれ、中からエグゾノートの真の姿が現れた。


「ぐっ、まさか、これほど早くこの姿になるとは……」


 首から下は竜を思わせるような姿をしていて、全身は青色の鱗に覆われている。

 そして頭部には人間の顔がついており、なんともアンバランスだ。


 こいつは形態変化を持っているボスであり、この第二形態こそが本番。

 この真の姿になると更に各種能力の補正が上がっていき、こちらでは勝てぬほどの圧倒的な力を持つようになるが……


「うがあああああああっっ!!」


 補正によって更にデバフが強まることで、エグゾノートは戦う前からビタンビタンとその身体をまな板の上の鯉のように跳ねさせていた。


 俺は痛みや熱病、麻痺に悪寒という体調不良のオンパレードに苛まれているエグゾノートへ、ゼロゼロと息を吐き出しながらなんとかして剣を突き立てていく。


 俺の地の能力がある程度高いといっても、大量の劇物の摂取で死にかけているのは俺も同じ。

 俺の力を高い倍率で上回っているエグゾノートの一撃を時たまラッキーパンチで入った時には、俺はボールのように後ろに吹き飛んでいった。


 だが死に体なのはお互い変わらない。

 ならこっから先は根気の勝負だ。


「今の俺の攻撃は……お前に、届くッ!!」


 俺の剣は、本来であれば魔王の一撃でも貫けぬはずの鱗を容易に貫通させることができていた。

 ほぼ初期ステータスに近い能力値に大量のデバフを掛け合わせることで、今このエグゾノートはかつてないほどに弱まっている。


 おそらく今までこいつは、魔王を倒そうとやってきた強力なやつらしか相手にしてきたことがなかったのだろう。

 こんな風に『高め合う魔王』の能力を逆手に取られたことも一度もあるまい。


「っ!! 『現し身の魔王(シェイプシフト)』!!」


 こちらの斬撃を食らいながら全身傷だらけになっていたエグゾノートは、力を振り絞り第三の能力を発動させた。

 『現し身の魔王』、これは物理と魔法どちらかの攻撃を完全に無効化できる能力だ。

 これを使ってきたということは、既に残りの体力が半分以下になってきた証拠だ。


 試しに剣を振ってみると、キンと弾かれてまったく攻撃が通らなくなっている。

 腹痛に身体をくの字に折り曲げたエグゾノートはにやりと笑うが……俺が生み出した魔法を見て、その顔面を蒼白にさせる。


「食らいやがれ……セイクリッドフレア!!」


 上級火魔法、セイクリッドフレアがエグゾノートに直撃する。

 『現し身の魔王』は攻撃を完全無効化する代償として、残るもう一方の攻撃にクリティカルダメージが入るようになる。

 故に俺の魔法攻撃には特大の補正がかかり、既に死に体であるエグゾノートに爆炎を叩き込んだ。


「ぐわああああああああっっ!!」


「はあっ、はあっ……テンペスト、フレイムッ!」


 ぶっちゃけた話、ここまで絶不調だと剣を振るより魔法を使う方が楽だ。

 既に三半規管もかなりやられてしまっているため、さっきから剣を振る度に意識が消えそうでヤバかったんからな。

 だがふらふらな状態でも魔法ならギリギリ打てる。


「貴様、なぜ……なぜこんな状態で、魔法が打てるっ!?」


「そんなの決まってんだろ……打てるように、練習したからだ!」


 本来であれば魔法は精神集中を伴わなければ発動ができない。

 だが俺はへろへろになり、いつもの倍以上の時間をかけながらも火魔法を使い、エグゾノートの身体を焼く。


 ははっ、初級魔法で鱗が焼けてるぜ……こんな様子を他の魔王達が見たら、飛び跳ねるほど驚くだろうな。


 ――俺は前世の記憶を取り戻してからというもの、目の前のエグゾノートだけを仮想敵として、ひたすらに訓練を重ねてきた。


 訓練と言っても、もちろんまっとうな訓練ではない。

 強くなるとそれ以上に相手が強くなるんじゃ意味がないからな。

 俺がやったのは自分が弱くなるための訓練……そして弱くなっても戦えるようにするための訓練だ。


 こうやって熱にうなされながらも魔法を使えるようになるまでの、地獄の訓練が脳裏に蘇る。


 ラミィが瀕死になって動けなくなった状態の俺を、何も言わずに必死看病してくれたから。 意識が混濁状態になった俺に水をぶっかけて、何度も叩き起こしてくれたから。

 だから俺は今、こうして戦うことができている。


 毒を摂取し、身体をボロボロにしながら全財産ははたいて全てを失う勢いで頑張り続けたのは、全てはこの時のため。

 あの時の地獄の苦しみを乗り越えたおかげで……俺はこうしてふらふらになりながらでも、魔法を使い続けることができている。


「あぐ……くっ、身体が……」


 あまりにもキツいからか、エグゾノートはその場にうずくまり動けなくなっていた。

 翼を使って飛ぶこともできず、集中が掻き乱されてまともに魔法を使うこともできなくなっている。


 そうだろうそうだろう、猛毒に冒されながら魔法を使うのにはコツと忍耐力がいるんだ。

 そう易々と使われてたまるかよ。


 聞けばお前ら魔王は、俺達人間のことを散々甚振って来たらしいじゃねぇか。

 それじゃあ……遠慮は、要らないよな。


「セイクリッド……フレアッッ!!」


「馬鹿な、この私が、『最強』の魔王が……こんなところでええええっっっ!!」


 俺が放った一撃が、着弾と同時に爆発し、炎の柱を顕現させる。

 吹き上がった白炎と共に打ち上げられたエグゾノートが、そのまま地面に叩きつけられた。

「……」


 息はしておらず、瞳孔も開いており、完全に絶命している。

 あちこちから体液が噴き出し、そして出た端から俺の炎で焼かれたことで、鱗から表皮からそれはもすごいことになっている。


「よし、そうしたら……今回は、ここだな」


 俺はペリッと、一枚の鱗を剥ぎ取った。

 剥ぎ取った瞬間、鱗が即座にピクリと動く。

 俺はそのまま手から逃れようとする鱗を剣で刺し貫き、ふうぅ……と長い息を吐き出した。

「これで……倒せた、はずだ」


 俺の予測を裏付けるかのように、手にしていた鱗がどろりと溶け出し一つの丸い水晶球が生み出された。

 魔王の魂を封印したアイテムである魔血塊……これが出たということは、間違いなく殺すことができたはずだ。


 俺はリュックから取り出した解毒薬を、飲んだ毒の分だけ大量に飲んでいき、ある程度身体が楽になったところでどっかりと地面に腰を下ろす。


 ――エグゾノートが持つ四つ目の能力。

 それはとどめを刺したとしても、存在の核を潰さなければ復活する『蘇りの魔王』。

 エグゾノートは自分という魔物の情報を目や鱗、爪といった自身の一部に存在の核という形で保存することができる。

 自身で自立して動くその核はメモリーカードのように使うことが可能であり、別の魔物にぶっ刺すことでその身体を乗っ取り、復活することができるようになるのだ。


 『ファスティアファンタジー』ではこいつはギミックボスであり、事前に周囲にいる魔物を完全に潰しきった状態で倒さなければ復活されてしまうクソ仕様だった。


 相手の能力をコピーする力やバフを奪う力など、こいつの能力は極めて悪辣に設計されている。


 普通にプレイをして順当に強くなっていった勇者では、まず勝てなくなるようなスペックをしているため、こいつの存在は当時からかなりの不評だった。

 実際2以降はそこまで悪辣な能力を持つ魔王は現れなくなったので、相当評判が悪かったのだろう。


 俺もゲームをやっていた時は『クソゲーじゃねぇか!』と思わずコントローラーをぶん投げたもんだが……まさかこうして、こいつの悪辣さに助けられる日が来るとはな。


「勝てた……ははっ、やってやった。魔王を……世界最強の一画を、倒した……っ」


 身体の奥底から、力が湧き上がってくる。

 どうやら魔王を倒したことで、大量の経験値が身体に流れてきているらしい。


 死ぬような思いはしたし、なんなら今すぐにでも漏らしそうなくらいに腹は痛いが……それでもたしかに、勝つことができた。

 こんな世紀末な世界観でも怠惰でいてくれたルストやエグゾノートの能力の仕様、いろいろものが噛み合った結果での勝利ではあるが……なんにせよ今はこの勝利を喜びたい。


「とりあえず……解体する元気はないから、そのまま持っていこう……」


 俺は倒したエグゾノートの死骸をまるごとリュックの中に入れ、残っている聖水をばしゃばしゃとかけながら森の中を歩いていく。


 魔王が死んだ後のこの森は、その死が知れ渡るまでは魔王が現れる可能性がゼロになった、ある種の安全地帯といえる。

 一度帰ってゆっくり休んだら、ひとまずはこのエグゾノート魔王領で、魔物を倒して経験を積んでいくことになるだろう。


 俺は行きと比べればずいぶんとゆっくりしたペースで、毒の後遺症が抜けきってから数日をかけてようやく屋敷へと辿り着く。


「お坊ちゃま!」


「ルスト様!」


 屋敷に戻ると、ボロボロの格好をした俺が帰ってきたことを目ざとく見つけたセバスとラミィがこちらに駆け寄ってきてくれる。

 大丈夫、見た目はボロボロだけど……怪我はもう完全に治ってるからさ。


「ただいまセバス、待たせて悪かったな」


「もう、本当ですよ。伯爵様に隠し通すためにかなり無理をさせていただきましたので……」


「ラミィも、わざわざ来てくれてありがとう」


「ルスト様がお礼を……? あ、ありがとうございます!」


 相変わらず最底辺を這いずり回っている自身の評価に苦笑しながら、俺はゆっくりと二人の前にあるものを差し出した。


「これは……?」


「――詫びのお菓子だ。もしよければ三人で一緒に食べよう。その間に俺が何をしてきたか、二人に話すよ」


 何も言わずに俺の言いつけを守ってくれたラミィと、俺のために骨を折って頑張ってくれた二人のことなら信じられる。


 俺は領都で評判の焼き菓子店で買ってきたクッキーを一緒に食べながら、魔王を倒してきたことを話し……。


「まままま魔王を倒しちゃったんですか? すごすぎます!」


「まさか、坊ちゃまが……」


 二人は話を聞き、エグゾノートの素材を見ると、気を失うほどに驚いてくれた。


 だがまだまだこれで終わりじゃない。

 何せこの世界には、まだ十体も魔王が残っているんだから。


 正直なところ不安はあるが……やってやるさ。

 破滅エンドも人類の滅亡も、俺がまとめてなんとかしてみせる。


 俺のルスト・フォン・アストレアの第二の人生はまだ、始まったばかり――。


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