第3話~拾った子猫は空腹だった~
店内は、声で満ちていた。木の椅子が擦れる音、皿が触れ合う音、笑い声。酒の匂いと焼いた肉の香りが混ざり合って、空気そのものが温かい。昼を少し過ぎた時間だというのに、席はほとんど埋まっている。
「空いてる空いてる!」
エレイナは迷いなく奥へ進み、壁際の席へと向かった。
「ここ、私のお気に入りの席なんだよね〜」
そう言って当然のように腰を下ろす。私はその向かいに座り、店内を見渡した。
「……賑やかなお店なのだな」
「昼でこれだからねー。夜はもっとすごいよ」
エレイナは慣れた様子で頬杖をつく。そのときだった。
「いらっしゃい!エレイナって今日もいつもの席なんだね~。あれ?その人お友達?」
弾けるような声が飛んできた。振り向くより先に、視界に桃色が飛び込んでくる。高い位置で結ばれたツインテールが、動きに合わせて軽やかに揺れる。鮮やかな桃色の髪。透き通るような薄紫の瞳の少女は初対面とは思えないほど自然に、テーブルの横へと身を乗り出した。
「うん、今日知り合ったばっか!ティナちゃんっていうの!」
「ティナちゃんじゃ――」
私は言葉を挟もうとしたが、その前に少女がぱっと笑った。
「いいねいいね!新しい人連れてきてくれるの助かる〜!」
少女の装いは、この店の他の給仕とは少し違っていた。黒を基調とした給仕服に白いフリル。だが装飾は妙に細かく、左右で微妙に非対称になっている。可愛らしいはずなのに、どこか整いすぎていて、目が引っかかる。腰には細い帯が締められており、動きやすさと見た目が両立していた。
「いつものでいい?」
「うん、お願い~!」
「了解っ!」
ぱちんと指を鳴らすような軽さで返事をして、少女はくるりと踵を返す。その動きが妙に軽い。
「……元気な者なのだ」
「リリだよー。ここの看板娘みたいなもん」
エレイナは気楽にそう言った。そのとき、背後から静かな気配が近づいた。
「……お冷とおしぼり、お持ちしました」
振り返ると水色の髪を肩口で揃えた少女が立っていた。動きは最小限。声も低く抑えられている。だがその瞳は――先ほどの少女と同じだった。薄紫の光を宿した、同じ形の目。彼女の給仕服もまた黒を基調としているが、こちらは無駄がない。装飾は控えめで、線は正確に整っている。乱れがない。その在り方そのものが、どこか異質だった。
「ありがとー、ルル」
「……どうも」
短く会釈をして、ルルは下がる。その動きに、一切の無駄がなかった。
「双子なのだ?」
「そうそう。リリとルル。昼から夜までずーっと働いてるよ、あの二人」
「……働きすぎではないか?」
「その代わり朝から昼までは寝てるみたいだよー。夜型なんだって」
「……なるほどなのだ」
妙な生活だと思ったが、世の中にはいろいろな者がいる。
*
「お待たせーっ!」
リリが料理を持って戻ってきた。串焼き、煮込み、そして甘い香りのパン。手際よく並べていく。
「はいどうぞ!いっぱい食べてね!」
「いただくのだ」
私は串を手に取り、一口齧った。柔らかい肉。香辛料の刺激と脂の旨味。焼き目の香ばしさが広がる。
「……美味なのだ」
「でしょー!うち自信あるからね!」
リリは胸を張る。
「ねえねえティナちゃん、何してる人なの?」
「我は魔王である」
「おっ、いいねそれ!」
「……本当なのだぞ」
「うんうん、最近の冒険者ってそういう人多いよね~」
「設定ではないのだ!」
エレイナが笑いをこらえている。
「ティナちゃんそれ真顔で言うのずるいよね〜」
「魔王は名乗るものなのだ」
リリは楽しそうに笑った。
「いいじゃんいいじゃん!そういうの好きだよ!」
そのまま、興味深そうにこちらを見る。
「名前は?」
「セレスティナ・フォン・ライラックなのだ」
「長い!ティナちゃんでいい?」
「良くないのだ」
「ティナちゃんだね!」
「強引なのだ!?」
あっさりと決定された。
「じゃあ改めて!」
リリはくるりと回る。
「私はリリ!で、こっちが妹のルル!」
少し離れた位置にいたルルが、小さく頷いた。
「……よろしく」
「よろしくなのだ」
リリはじっとこちらを見て、にやっと笑う。
「なんかさ、ティナちゃんって不思議だよね」
「……何がなのだ?」
「魔王ごっこをわざわざするのって不思議だなぁって」
「そうなのだ?」
「魔王って人間嫌いだからね~。近頃戦争が始まるんじゃないかって噂になってるんだよ?」
「そうなのか!?今の魔王は余程の人間嫌いなのだ」
「ほかのお客さんから悪い噂を聞いたんだけどね?冒険者は前線に向かわされて魔王軍と戦う羽目になるんじゃないか。だって!エレイナも気を付けてね?」
「うん、気を付けるよ!」
「でさ、これからどうするの?」
「ダンジョンに行くのだ」
「お、いいじゃん!あそこ稼げるしね〜」
「うむ。行かねばならない理由があるのだ」
そう言うと、エレイナが「あー」と軽く頷いた。
「じゃあ先に冒険者登録しないとだね」
「……必要なのだ?」
「必要だよー。ダンジョンって登録してないと入れないから」
「そうなのか」
初耳だった。
「じゃあこのあと行こっか!」
「うむ。魔王として当然の流れなのだ」
「私たちも冒険者やってるから、もしかしたらどこかで会うかもね~」
「リリ、そろそろ他のお客の相手をしないとマムが」
「リリ?ルル?この料理を三番卓に持っていってちょうだい~」
「ほら、言われました」
「あはは、呼ばれちゃった。じゃあ」
『ゆっくりしていってね~』
二人は声を揃えひらりと手を振ると、そのまま次の卓へと軽やかに散っていった。私はもう一本の串を手に取って噛り付く。
「……面白い店なのだ」
「でしょ?」
「また来ようなのだ」
小さく頷き、もう一口齧るのだった。
*
ティナたちが店を出た後、店の喧騒は少しずつ落ち着きを取り戻していた。リリはテーブルを片付け終え、大きく伸びをした。
「ふーっ、ひと段落〜!」
そのまま、壁際に立つルルの方へ歩み寄る。
「ねえルル」
「……なに」
「さっきの子」
ルルの手が一瞬だけ止まる。
「……どの子」
「とぼけるの下手だよね」
リリはくすっと笑う。
「あのちっちゃいの。ティナちゃん」
短い沈黙。ルルは皿を拭く手を止めないまま答える。
「……ただの客」
「へえ」
リリは横に並ぶ。
「ただの客にしては、ずいぶん見てたけど?」
「……仕事」
「ふーん?」
軽い声。
「変だよね、あの子」
「……すごく変。魔王なのに羽根も角もない」
「魔王だって言ってたよね」
「……絶対嘘」
「でもさ」
リリはほんの少しだけ声を落とす。
「“ああいう言い方”する人、あんまりいないよね」
ルルの手が、ほんの一瞬だけ止まったがすぐに動き出す。
「……知らない」
「興味ない?」
「……ない」
「そっか」
それ以上は言わない。
「まあいっか。面白いし」
「……」
「また来るはずだよ、だってマムの料理おいしいもん」
ルルは答えない。ただ、ほんのわずかにだけ視線を入口へ向けた。もう誰もいない扉へ。するとまた新たなお客が入ってくるのだった。
「……お客さん来たよ」
「来たね。ラッシュタイム第二弾の開幕だね!気を引き締めていこう!」
「うん」
「いらっしゃいませ!何名様ですか~」
リリは軽く伸びをしてから新たなお客を席に案内するのだった。店の中はまたいつも通りの喧騒が戻りつつあった。




