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第4話〜冒険の始まり〜

 冒険者ギルドは、昼間だというのに騒がしかった。扉をくぐると、空気が一気に変わる。酒場に似ているが、もっと実務的で、もっと荒い。依頼書を引き剥がす音、受付に詰め寄る声、報酬の話で揉める怒鳴り声。


「ここだよ〜」


 エレイナは慣れた様子で中へ入っていく。


「……混沌としておるのだ」

「まあ、そんな感じだね〜」


 壁には無数の紙が貼られていた。討伐、採取、護衛――どれもこれも忙しなく並んでいる。その端で、一人の冒険者が立っていた。全身を覆う重厚な鎧。頭まで完全に覆う兜。手にはパーティメンバー募集と書かれた紙を持っていた。そこまでは見えた。だが、その者の周囲だけ、妙に空いている。人が避けているのだ。近づこうとした者が、ちらりと見て、何も言わずに引き返す。別の者も同じだ。誰も声をかけない。その剣士自身も、動かない。ただ紙を持ったまま、時折きょろきょろと周囲を見ている。


「……妙なのだ」

「あー……」


 エレイナは苦笑した。


「多分、怖がられてるね」

「怖がられている?」

「ほら、あの装備。ガチガチじゃん?ああいう人って“絶対前衛ゴリゴリの戦士”って思われるからさ」

「それは事実ではないのか?」

「いや〜、わかんないけど……まあ、話しかけにくいよね」


 なるほどなのだ。剣士はまた一歩踏み出そうとして、やめた。誰かに声をかけようとして、やめた。紙を少し持ち上げて、また下げた。……不思議な者なのだ。



「登録お願いしまーす!」


 エレイナが受付に声をかけた。


「はい、ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付の女性が微笑む。


「この子、新しく登録したいんだよね〜。紹介で!」

「紹介制度のご利用ですね。承りました」


 視線がこちらに向く。


「お名前をお願いします」

「セレスティナ・フォン・ライラックなのだ」

「……セレスティナ様ですね」


 さらさらと書き込まれていく。


「職業は?」

「魔王なのだ」

「魔王?魔術師、でよろしいですか?」

「違うのだ!魔王なのだ!」

「はいはい、魔術師で登録しますね」


 流された。


「……話を聞いておらぬのだ」

「ここ最近の登録した人達ってみんなティナちゃんくらいやばかったから慣れちゃったんだよね……あはは」


 エレイナが肩を叩く。


「では、適性測定を行います。こちらに手をかざしてください」


 水晶に手を置くと淡い光が揺れた。


「……結果が出ました」


 受付が読み上げる。


「魔力・知力:高水準。身体能力:平均値。耐久:平均値。敏捷:平均値……運……やや低めですね」

「む」


「総合的に見て、魔術師として標準的な適性となります」


 そして、はっきりと言った。


「なお、当ギルドでは全ての新規登録者はFランクからのスタートとなります」

「……何?」

「ステータスに関わらず、例外はありません」

「魔王なのだが?」

「はい、Fランクの魔術師ですね」

「解せぬのだ」


 エレイナが笑いをこらえている。


「いいじゃんティナちゃん、すぐ上がるって〜」

「魔王は最初から上であるべきなのだ」


 受付は淡々と続けた。


「こちらが冒険者カードになります」


 差し出された板を受け取る。表面に名前とランクが刻まれている。


「このカードは身分証明となります。依頼の受注、報酬の受け取り、ダンジョンへの入場などに必要ですので――」


 少しだけ強く言った。


「無くさないでくださいね」

「……そんなに大事なのだ?」

「再発行、すごく面倒なので」


 にこり。


「……無くさぬようにするのだ」


 カードを見つめる。


「これでダンジョンに行けるのだな」

「えっと、それなんだけど」


 エレイナが少し困ったように笑った。


「ダンジョンって、ランク制限あるんだよね〜」

「……何?」

「Fランクだと、入れるのは浅いとこだけ」

「奥には行けぬのだ?」

「うん、危ないからね」


 私は少し考えた。……困ったが、答えはすぐに出た。


「ならば、上げれば良いのだ」

「お、いいねその発想!」


 エレイナがにっと笑う。


「じゃあまずは依頼だね!」

「うむ!魔王として当然の流れなのだ!」



 登録を終え、振り返るとあの重装の剣士はまだそこにいた。紙を持ったまま。誰にも声をかけられず、誰にも声をかけず、ただ立っている。近づこうとした冒険者が一人、ちらりと見て、何も言わずに去っていった。剣士の肩が、ほんの少しだけ落ちる。


「……あれはずっとあのままなのだ?」

「まあ……タイミング掴めないとね〜」


 エレイナは気にした様子もない。私は少しだけその姿を見て――


「……難儀なものなのだ」


 そう呟いた。


「よーし!依頼見に行こー!」

「うむ!」


 私は冒険者カードを握りしめる。魔王としての第一歩は、どうやら雑用から始まるらしい。……それでも、進むしかないのだ。

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