8夜 リブレ 流しのタクシー
メキシコの博物館は面白い。
ここには神話が息づいている。
アメリカは世界を牽引した産業や技術、人権運動の歴史はあるが、神話というものが存在しない。
白人が植民地にする為、大陸へ押し寄せ、先住民から土地、言語、文化を奪い破壊していったからだ。
でも、メキシコの博物館にはメソアメリカという民話や神話が感じられる。
その後、マヤ室とトルテカ室を一通り見て回り、博物館を後にして次の観光地を目指した。
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中心地の外れまで来ると空気が異様に淀む。
メキシコシティは犯罪者やギャングの巣窟と、隣り合わせだと聞いていたが、これより先に進むと身の危険があると肌で感じ取れた。
アパートの隣の部屋と同じ感覚で、発展した街と暗黒街が並んでいるように思えたので、距離を離れて歩くことにした。
通りに沿って建てられた壁には無造作に張り付けチラシが壁を覆っており、それらは様々な人種の顔写真が載っている。
スペイン語やどこかの地域の文字で書かれていることもあるが、英語の文字で書かれている物あった。
『この人を探しています』
どうやら行方不明者の捜索を啓発するチラシのようだ。
壁をなぞるように歩いていても、先が見えないくらいチラシが張られている。
壁が行方不明者の顔で覆われていた。
アメリカでは毎年、四六万人が行方不明になっているそうだが、ここメキシコでも、その数は桁違いに多いことを実感する。
七色の横断ほどを渡り切ったところで、急に酷い頭痛と立ちくらみ、船酔いのような気分の悪さが襲ってきた。
肺に綿を詰めたように息が苦しくなり、俺は街のベンチに座り息を整えた。
おかしい。
いくら時差ボケでも、ここまで気分が悪くなるのは異常だ。
元救急救命士ということもあり、食中毒の危険を避ける為、海外の食事は気を使っていたが、この病状はそれとは違う気がする。
ピンク色のラインが目立つタクシーから、運転手が降りて来て、こちらの様子を聞いた。
最初はスペイン語で話かけられたが、言葉がわからないという素振りを見せると、ぎこちない英語で話かける。
「アァー・ユー・オーケィ? (大丈夫)」
「OK、オーケェ」
激しい息切れを見て、ただ事ではないと踏んだのか、運転手は親切にも近くの屋台でドリンクを買って来てくれて俺に差し出した。
海外は日本と違い治安が悪いと聞くが、思っていたほどではなく、こんなにも親切な外国人がいるのだと救われた。
タクシーの運転手は親身になり気にかけてくれた。
運転手の案内でタクシーで一先ず、病院へ向かうことにした。
息苦しさと目眩で、俺は迷うことなくタクシーへ乗車した。
運転手は走行しながクセのある英語で話を続けた。
「メキシコシティ。トテモ、トテモ高イ場所。オ客サン、息、苦シイ苦シイ」
いまいち何を言っているか解らないので、スマートホンで聞かされた内容を検索にかけると、AIが要約してくれた。
【メキシコシティ 高い 息切れ】
どうやら、メキシコシティは山に囲まれた盆地。
と、いうよりメキシコシティ自体が山の上にある街らしく、その標高は約ニニ四〇メートル。
これは富士山の五号目とほぼ同じ高さなのだと。
俺が襲われた謎の体調不良は時差ボケでも、食中毒でもなく、"高山病"だったのだ。
メキシコの事情をろくに調べずにやって来た自分も悪いが、見回しても発展した近代の都市に見えるし、通行人もなんの問題なく通りを行き来するので、まさか広大な山の上にある街なんて想像もつかなかった。
携帯の画面を見ていたら気分が悪くなる。
顔を上げてタクシーの窓を見ると、街の中心から段々と離れて行った。
それどころか、すでに大きな病院らしき場所過ぎている。
風景は閑散としゴミが道のところかしこに散乱している。
街の空気が明らかに変わった。




