42夜 カーチェイス ダブル暴走救急車
逆走する救急車の正面から、対向車が現れクラクションを鳴らすが、それでもワニ男は進み続け、対向車は歩道へ乗り上げて救急車をかわす。
サイレンを鳴らした二台の救急車は、規模が小さい環状交差点へ侵入した。
わずかにリードしていた、こちらの救急車が先頭に躍り出る。
両者は環状道路を左へ曲がり、時計回りに走行。
輪っかの外周を取ったことで、こちらの救急車は優勢となり、出口まで手が届く。
「残念だったなワニ野郎。勝利の女神は俺にゾッコンなんだぜ」
勝ち誇る父のアティリオ。
しかし――――――――――――。
爆音で聞こえるサイレンを呑み込むように、後方のサイレンが音を被せて来た。
異変を察知して真後ろの窓へ視線をやると、後続の救急車が突進するサイのように急接近。
ここまでの事態を想定していなかったことで、俺の頭は真っ白になった。
次に全身で感じた異変は、激しく揺れる車内と明滅するライト、ティソナ家の子供達が上げる悲鳴だった。
後ろから追突されたことで出口から大きく逸れ、あわや外壁に激突する寸前、父のアティリオはハンドルを急旋回させ環状道路へ戻る。
俺はパニックでうろたえるばかり。
「しょ、正気か!? ぶつけてきた!」
「ノ・メ・チンガール!!(やりやがったな!!)」
父のアティリオは無線機を引っ掴み、マイクに向かって怒鳴る。
「エル・オンブレ・カイマン! テメェ、どういうつもりだぁー!? こっちは子供が乗ってんだぞぉ!?」
怒鳴り声とハウリングが同時にスピーカーから流れたので、俺は慌てて止めに入った。
「ちょっと、何やってるんですか!? 救急車のスピーカーを私的に使うなんて。しかも、今の声、街中に聞こえてますよ?」
「かまうことはねぇ」
「これは周囲の車に緊急事態を知らせる物なんですよ?」
「今が、その緊急事態だ」
売り言葉に買い言葉で聞く耳を持たない。
すると、相手の救急車からスピーカー越しに応答があった。
『オォオンブレェエ・オウソォォオオーー!!』
地底から湧き上がる怒りの声に唖然とし、俺は誰でもいいから、答えを提示してくれとばかりに聞く。
「い、今のは何?」
娘のアーシーが答えた。
「オンブレ・オウソ。熊男って意味」
「熊男VSワニ男? ここは自然公園かジャングルなのか!?」
「自然公園に熊男もワニ男もないない」
このやり取りがバカバカしくなり、俺は口を紡ぐ。
もはや公衆の面前などお構い無しに、熊とワニが英語を使って喧嘩する。
ワニ男がスピーカーで捲し立てる。
『この熊野郎! 一ヶ月前にテメェが俺の救急車にぶつけて来たから、そのお返しだ!』
「そんな昔の話をネチネチと」
『先月の話だバカ野郎!!』
「あ、あれは、車線変更する時に近づき過ぎたから、車体を擦っただけで」
『ぶつけるのと擦るのは大違いだ! アレは明らかにぶつけて来ただろ!?』
「それは悪かったと思ってる」
『思ってるだと? 賠償金だって払ってねぇたろが!?』
「保険に入ってねぇから、今は払えん」
さらりと、とんでもないことを告白した。
『この図体だけが熊のフニャチン野郎!』
「何だとぉ!? ならテメェはワニ相手のマザーファッカーだ!」
ありえない光景が起きている。
二台の救急車が小さな環状道路で高速のメリーゴーランドさながらのカーチェイスを繰り広げ、互いにスピーカーを通して汚い言葉で罵り合う。
他の車は、この狂気の回転木馬に弾き飛ばされないよう、輪っかの中を逃げ回る。
この一連の出来事がSNSで拡散され、テレビのニュースにまで話題が発展するのだろうか?




