35夜 エキポ 装備
持ち主のアティリオが後部ドアに手をかけると、ドアは観音開きで開かれる。
日本の救急車ハイメディックのようなワゴンタイプは、後部ドアを真上にあげるが、海外の救急車は大き過ぎるせいか、扉は観音開きだ。
ドアが開かれ内装を見た俺は、頭の上にクエスチョンマークが飛び出た。
日本の救急車はワゴン車をベースにベッドを置き、応急措置の道具を常備して、傷病者の搬送用に改良してある為、手狭だ。
それと比べて海外の救急車はフォードやシルバラードなどのトラックがベース。
資材を運ぶトラックの荷台に箱形の空間を取り付けているから、ベッドや道具を置いてもスペースに余裕はある。
しかし、この家族が所有する車両は、あえて手狭にしているように見えてしまう。
見上げるとトランクほどの大きさの箱が、天井から突き出ていた。
「セニョール。触れてみても良いですか?」
「かまわんぞ」
俺はタラップに足をかけて、突起した箱に触れてみる。
触り心地は滑らかだが光沢があるわけではなく、金属のように突き刺さる氷結の冷たさはい。
推察だが素材はカーボン製の物かもしれない。
カーボンは耐久性に優れていながら、鉄よりも軽い為、重量の問題を解決してくれる素材だ。
天井に点滴をぶら下げる棒が取り付けられているが、カーボンらしき箱で、その長さが短くなっている。
点滴の配置よりも重要な箱という認識になる。
同じ箱が至るところに設置され、空間を圧迫していた。
応急手当てに使う道具や消耗品が入れてあるのかとも考えたが、束ねた包帯や消毒用のエタノールなどは、座席の横やカーボン製の箱の下に棚が取り付けられ、その中に並べられている。
なら、"AED"なのではないか?
しかし、AEDは救急車一台に一つ備えてあれば充分だ。
ところ狭しと取り付ける必要はない。
というよりも、この車両は箱こそあれどAEDの表記がないので、いざ使う時に困る。
「あのセニョール・アティリオ。AEDはどの箱に入ってますか?」
「ぁあ? Aイー……なんだそりゃ?」
「いや、自動体外式除細動器です。傷病者が心肺停止状態におちいった時に、心臓に電気ショックを与えて蘇生させる装置です」
「そんな大層な物、持ってないぞ」
「え? 積んでないんですか?」
「買う金もねぇ」
「では、傷病者が心停止を起こした場合は、どうするのですか?」
「それをなんとかするのが、お前の仕事だ。その為に雇ったんだからな?」
これは想定外だ。
AEDすらない車両に、わざわざ手狭にする箱を取り付ける意味もわからない。
一分一秒を争う命の現場で、身動きがとりづらい空間は惨事につながる。
これで救助活動が成り立つのだろうか?
「さぁ、そろそろ出る時間だ。乗った乗った」
父のアティリオが手をあおいで搭乗するよう促すと、我先にと末っ子のエリオがパソコンを持って乗り込み、続いて長女のアーシーは後部座席へ上がった。
その自然な流れに俺は目を丸くしてアティリオに聞いた。
「え? 家族で救急車に乗り込むんですか?」
「そりゃそうさ! 我が家の救急車は家族経営だからな」
「年齢的にアーシーは解りますが、エリオ君も一緒に?」
後部座席から助手席へ移動した息子のエリオは、顔をシートからひょっこり出してから言った。
「僕はこの救急車のナビゲーターだからね」
戸惑いを隠せないでいるとアティリオは催促して来る。
「ほら、ハポネス。夜が来るぞ? お前も乗れ」
言われるがままに救急車の後部座席へ上がった。
壁に座るアーシーの対面に腰を下ろすと、真ん中に設置したストレッチャーの下に、長方形の箱があった。
銀色の光沢を放つところを推察すれば、アルミ製かスチール製の素材で出来た金属の箱。
大きさは一メートル以上ありストレッチャーで被せるように置いてある。
なぜ、壁や天井に設置された箱と違い、これだけ金属製の箱なんだ?
何から何までわからない設備だ。
必要な手当ての道具や設備の使い方がわからないと、最悪の事態を招く。
下にもぐって、じっくりと確認作業をしようと腕を伸ばした。
「この箱は何ですか?」
すると、対面する娘のアーシーが「触るな!?」と声を荒らげた。
驚いた拍子に俺は、危機を察知した亀が首を素早、甲羅に引っ込めたように腕を後退させる。
「ご、ごめんなさい」
少女は自分でも声を荒らげたことに驚いたのか、視線を泳がせ戸惑いの表情で静かに注意を促す。
「触らないで。危ないから」
ん? 危ない?
どういう意味だ?
何かの劇薬でも保管しているのか?




