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ルナティコ・アンブランシア ~メキシコを暴走する海賊救急車~  作者: にのい・しち
月狂1 CDMX(セーデーエメクス)

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31/32

31夜 在メキシコ日本大使館

 窓口で日本人の職員に出会い、ようやく心の安易を得ることが出来た。


 カウンターで俺と女性職員が日本語で会話を始めると、後ろで控えたアーシーは『ちょっと何、言ってるかわからない』とばかりに困惑の表情を作る。

 彼女と父親がスペイン語で会話した際、俺が蚊帳の外だった時と逆転現象が起きている。


 部屋の奥にあるソファーへ案内されて腰を下ろすと、アーシーは少し距離を置いてから腰をかける。

 女性職員が冷たい麦茶を俺とアーシーの前に運んで来ると、入れ替りで、中年の男性職員が対面するソファーへ腰を下ろした。


 軽く挨拶と自己紹介を終えた職員は「詳しい経緯をうかがっても、よろしいですか?」と、投げ掛ける。


 とにかく聞いてほしいとばかりに、俺はここまでに至る道のりを話した。


 観光でメキシコへ単身やって来て、観光地で高山病にかかり日本語が話せる流しのタクシーに親切にしてもらっらスプレーを吹き掛けられて意識を失い、目を覚ますと、そこは人身売買を行う犯罪組織のアジトで、携帯電話とパスポート、財布を処分され、何日も拉致監禁された挙げ句、臓器を摘出される前に別の犯罪組織が縄張り争いで襲撃、銃撃戦を繰り広げ、どさくさに紛れて逃げた後に街をさ迷っていたら、顔の半分に鉤爪のタトゥーを入れた重病人を救って、現在世話になっている。


 という具合に説明すると、男性職員はあからさまにドン引きしたリアクションを見せた。


 確かに逆の立場なら頭がオカシイ人間の妄言に聞こえる。


 聞き終えた男性職員は直ぐ様、帰国の手筈を整えようと手際よく仕事を始めた。


 書類を手渡されて氏名と使っていた携帯電話の番号、日本にいる実家の連絡先を記入した。

 家は消防の独身寮を引き払ったので住所が無いが、職員から住んでいた記録を調べる為に必要とのことで、かつて住んでいた寮の住所を書いた。


 パスポートを再発行する為に写真撮影を行う。

 大使館にたどり着くことしか頭になかったので、証明写真のことまでは考えてなかった。

 髭こそ剃ってはいたものの、髪は伸び放題、血色は最悪。

 そのまま即席のカメラで撮影されたので、元々持っていたパスポートの写真よりも酷い物が仕上がると覚悟した。


 ひととおり作業が終わり、これで後はパスポートが発行されるのを待つだけ。


 その後、大使館の電話を借りて実家へ連絡。

 母親が出てきので要らぬ心配をかけまいと、「メキシコで持ち物を無くしたので、しばらく帰国できない」とだけ説明した。

 もし臓器売買が絡む犯罪組織に拉致監禁されたと話せば、両親は気を失うかもしれないし、親の心臓にも悪い。


 領事館を出る前に室内の中を振り返る。


 法律上、ここは"日本"で日本人もいるのだが、やはり見知らぬ土地に取り残されているという感覚は拭えない。

 ここを一歩出れば、また異国の地に逆戻りになる。

 そう思うと、ドアをくぐることを躊躇ってしまう。


 とはいえ、ここで突っ立ていると職員からも変な目で見られるし、何より通路で怪訝な顔で俺のことを見ているアーシーに悪い。

 愛想笑いを浮かべた後に領事館の境を踏み越えた。


 もう、メキシコには懲り懲りだ。

 二度と、この国の地を踏みしめることはないと言っていい。

 誕生日プレゼントを心待ちにする子供のように、帰国への思いが逸る。


+++


 帰国に必要な手続きは済んだが、セニョール・アティリオが言ったとおり、パスポートの再発行は、すぐに終わりそうにない。


 気付けば昼を過ぎて午後。

 頂点に達した太陽も傾き始めて、夕暮れの顔に変わろうとしていた。


 帰り道、人種も違うし年齢にも差があるようだし、アーシーと何を話せばいいか解らない。


 結果的にスマートホンを見ながら歩く彼女の後を俺がついて歩く。


 地下鉄(メトロ)から市街地を歩き、帰りのロープウェイに乗る。

 たまたまなのか、行きも帰りも彼女と二人っきりの空間になった。


 さすがに雑音から遠ざかった密室のゴンドラは、エレベーターに乗った時に発生する無言の領域みたいで落ち着かない。

 何か、何か会話をしなければという気遣いと使命感が湧いてくる。


「そのタトゥー、お洒落だね。何かのキャラクターとか?」


 俺が自分の鎖骨を指で突っついて見せると、アーシーは自分の鎖骨に掘られたタトゥーへ視線を落とす。


「サラマンダー」


「サラマンダーか!? 知ってる知ってる。アニメやゲームとかで、よく出てくるよね? 火の精霊だったかな?」


「まぁ……」


「ふ、服装もイケてるよね? メキシコで流行ってファッションかな? それとも好きなロックバンドの真似とか?」


「男避け」


「へ?」


「下らない男を寄せ付けない為に、この服装にしてる」


「あー、そうなんだー……」


 再び訪れた沈黙を嘲笑うように、カラスが鳴き声を上げながら、青いゴンドラを横切っていった。


 誰か健闘した俺を褒めてくれ。

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