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ルナティコ・アンブランシア ~メキシコを暴走する海賊救急車~  作者: にのい・しち
月狂1 CDMX(セーデーエメクス)

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30/32

30夜 ボルベール・ア・エンペサール・デ・ゼロ ふりだしに戻る

 ゴンドラから降りてロープウェイの駅を出ると、賑わう観光地から蒼空市(ティアンギス)を抜け、地下鉄(メトロ)の駅へ到着。


 駅のホームで到着がアナウンスされるも、なかなか電車が来る気配がない。

 事故か何かで遅延しているのか? と考えた矢先、トンネルの奥から金属の擦れる音と共に轟音が地下に鳴り響き、目玉のようなライトが暗闇を照らした後、すぐに鉄の箱が生温い風を巻き起こして目の前に現れた。

 予定時刻から少し遅れて地下鉄が到着した。

 時間通りに乗り物が来ないのは海外では珍しくない。


 車両の中はまばらに乗客が椅子に座っていた。

 アーシーは空いてる席に腰をかけたが、俺は吊革を掴んで窓に視線を固定した。

 知り合って間もない上に歳も離れた彼女の横に座るのは気が引ける。

 英語で会話できるものの、奇抜なファッションセンスもあってか、今一、話かけづらい。

 車両の中ではトンネルを走行する反響音に耳を預けて、彼女はスマートホンに集中し、俺はひたすら暗闇しか映らない窓を凝視していた。


 スペイン語の車内アナウンスを聞いたアーシーは「降りるよ」と、一言だけ言ったので、二人でドアに並び、他の乗客の流れに身を預けて下車。


 駅から階段を上がり太陽の下へ出ると、ひっきりなしに車が行き交う大通りが、目の前に飛び込む。


 木々のようにそびえる高層ビル。

 大通りを二分する規則正しく整列したオブジェ。

 そのオブジェの一つ一つは、ミニチュアサイズにしたピラミッドから、森が生えた姿をしている。

 広い道は途中で二つに弯曲しており、一週して輪っかに繋がる。

 どう見ても、これは環状ラウンド交差点(アバウト)だ。


 都会の喧騒に当てられて記憶が蘇る。

 既視感の答え合わせするつもりで、アーシーに聞いた。


「もしかして、レフォルマ通り?」


「よく知ってるわね?」


「あぁ、メキシコ観光に来た際、ここをタクシーで通ったんだ。独立記念塔を見る為にね」


「へぇ。独立記念塔なら、ここから歩いて一〇分くらいでたどり着けるわよ」


「そ、そうなの?」


「あれ」

 

 彼女が西の方角を指差すと、大通りの先に直立する棒状の物が、蜃気楼のように影を見せた。

 大気に阻まれた光の影響で霞みかかっているが、輪郭は棒状の上に羽の生えた人物像が見えていた。


 それを見た俺は唖然とした。

 まさか、こんなにあっさりと都市の中心部に戻れるとは。


 犯罪組織に拉致され何日も監禁されるも、命からがら逃げた後は見知らぬ惑星に不時着したか、次元の扉を超えて異世界へ到達したのかと思えるほど、街をさ迷った。


 実際はメキシコシティから一歩も出ることなく、シティの中をあてもなくうろついていただけだったのだ。 


 元の世界へ戻れたことへの喜びより、不意打ちのようなネタばらしに頭が追い付かず、呆然と立ち尽くす。


 すると、アーシーが語気を強めて呼んだ。


「ハポネス。何してるの? 行くよ」


「ま、待って!」


 ここで彼女とはぐれれば、また未開の街をさ迷うかもしれない不安にかられ、慌てて後を追った。


 独立記念塔とは別の環状(ラウンド)交差点(アバウト)の歩道を、時計回りに歩き、信号で立ち止まってから横断歩道を渡る。


 レフォルマ通り二四三番地の環状道路に面した建物は、正面口にスペイン語で「トレ・マプレ」と表記されたプレートがあった。


 この摩天楼の名前のようだ。

 二棟あるが手前が高くて、その影に隠れて低いビルがある。

 高層ビルの親子と表現するには陳腐だが、そう形容する方がわかりやすい。


 出入口はヤシの木か何かの植木が並び、リゾートホテルと見紛う景色だ。

 下から建物を見上げるとガラス張りの窓は梯子(はしご)をかけたような格子状で、指でなぞってあみだくじをしたくなる。


 中へ入るとエントランスは帝国劇場さながらの絢爛な空間が迎え入れてくれた。


 ビルのテナントを表記した案内板には、二七階とあるので、おおむね百メートルは越えている建造物だ。


 隣に立つアーシーは「あったわ」と指差しで教えてくれた。


 九階に英語で「Embassy of Japan in Mexico」と書かれ、直訳すると「在メキシコ日本大使館」となる。

 早速、エレベーターに乗って九階へたどり着くと、豪華なエントランスとは違って質素なビルの通路に変わる。

 目的の部屋を探しながら絨毯を歩いていると、日本大使館の表札を発見した。


 ドアの無い室内を覗くが、なんの驚きもないオフィスで受付に日本人の女性が座っていて、後ろでは職員が静かに仕事に励んでいた。

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― 新着の感想 ―
 なんとか日本大使館にたどり着けましたね。メキシコの事情はよくわかりませんが、日本人から見れば、立派な異世界に思えます。
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