29夜 シウダー・デ・メヒコ
「メキシコシティをスペイン語で言うと【シウダー・デ・メヒコ】になるのよ」
「シィウゥドゥアー・ドゥェ・メェフィコォ?」
俺のつたないスペイン語をスルーしてくれたのは、気遣いだと考えて感謝する。
先導するセニョーラ・アルセリアは簡素に説明してくれた。
「シウダーは市や都市の意味。デは英語のオブと同じ。メヒコはメキシコ」
「メキシコの都市、メキシコシティというわけか」
「地図だとニ〇一六年からはアルファベットの頭文字を取って、C、D、M、X。スペイン語ではセー・デー・エメ・クスって発音する」
「セーデーエメクス? なるほど」
アルセリアの父アティリオがあえてスペイン語で街の名を表現したのは、本来のメキシコシティを知れ、という意味合いがあったのかもしれない。
昨日と同じ道を逆に歩き、都市の中心部を目的地として、ティソナ家のアパートを出発した。
日が沈む薄暗い時間に見た景色とは違い、朝の太陽に照らされた町は、昨日と違って見せなくていい物にスポットを当てていた。
イスタパラパ地区の外見は果物のようにカラフルな町だが、道を歩けばゴミが散らばり、建物は痛み、浮浪者が壁に腰をかけている。
電柱は角材を接着剤で十字に張り付けのかと思わせるほど設置が荒く、遠目では魚の骨が突っ立ているように見えた。
ボロ屋が隣接する町並みの中には、屋根自体がない家もある。
家主はどうやって生活しているんだ?
空は雲一つない快晴なのに、地平の下はくっきりと色が別れた煤色。
この地区全体が乾いた砂地を思わせた。
俺の半歩先を歩くアルセリアは、余所行きの服装なのか、レザーのジャケットとミニスカートにレギンスを着て、昨日と同じように濃いめのアイシャドウに左の鼻翼にピアスをしている。
父親が反社に見えるなら、こっちは家出した不良娘。
少し距離を離して歩きたくなるが、思いの外、町の若者は似たような尖りのあるファッションで通りを歩いているので、人目を気にする必要はなさそうだ。
ティソナ家のアパートは町の中では比較的、高い場所に構えているのが解った。
都市の中心部や遠出する際は坂を下り、都市索道
に乗って、町の高い場所から低い場所へ行く。
この地域の交通事情はそんなところらしい。
ロープウェイの駅へ到着してホームの改札へ。
アルセリアが先に運賃を払って改札をくぐったので、それに習って俺も中へ入る。
アパートを出る前に父のアティリオから運賃を借りたので、駅の改札で七ペソを払いホームに入る。
七ペソは日本で約六十円から八十円くらいだ。
レールから釣り下がる青いゴンドラが丁度やって来た。
駅員がドアを開けたタイミングに合わせ、二人で中へ入った。
ティソナ家に来てから、何をするにしても世話になりっぱなしで情けなくなる。
申し訳なさも含めて礼を述べる。
「ありがとう。セニョーラ・アルセリア」
「アーシーでいい」
「はい?」
「家族も友達もアーシーって愛称で読んでる」
「アーシー?」
「そう。アルセリアをアルファベットで書いて……」
そう言いながら彼女はパンキッシュなデザインの革バッグから、メモ帳とボールペンを取り出し、ペンを走らせて英語の名前を書いた。
Arcelia
彼女は「真ん中を区切るの」と言いながら
文字の中間を斜線で切る。
Arce/lia
「それで、切った最初の部分だけを読む」
ペンで"Arce"のみを丸で囲ってから、こちらへ見せたので、俺は声に出して読み上げた。
「アーシー……なるほど。メキシコ流のアダ名の付け方か」
「えぇ。でも、別に決まりは無い。名前がエンリケなのにキケだったり、サルバドールなのにチャパ。フランシスコでパンチョ。かなり適当に付けてる」
「謎のネーミングセンスだね?」




