27夜 ケ・リコ! 美味!
最初はサルサの酸味とニンニクの香りに酔いしれたが、二口、三口噛むだけで舌が山火事のごとく燃え広がった。
日本にあるメキシコ料理店で食べるメニューの倍くらいの辛さだ。
直ぐ様、ジュースを口に流し込み、火事となった口内を鎮火させる。
父のアティリオは眉を潜めて聞いた。
「んん? 口に合わないか?」
「い、いえ……思っていたのと違っていたので、驚いただけです」
辛さの度合いが解った上で、もう一度、チラキレスを口へ運ぶ。
辛さに耐えながらも味覚に集中。
少し固いが弾力のある牛肉は、噛めば噛むほど、肉に染み込んだスープが溢れでる。
野菜も同様にサルサが染み渡り、辛さが野菜の甘味を引き立てた。
トルティージャは少しふやけているが、辛さと、しょっぱさが合わさるフレークのような食感があった。
メキシコの肌を焦がすような太陽の暑さと、ラテンアメリカが持つ陽気な気質を表現した料理だ。
風土料理を食べれば、その国の地域性や人種の独自性が見えてくる。
メキシコの気候は四季があっても高い気温は、ほぼ横這い。
梅雨も長いらしく、生の食材を保存するには不向きな環境と言える。
肉が痛まないように乾燥させて保存するか、中まで火を通して固めに仕上げる。
害虫を寄せず更には殺菌効果も高い、唐辛子ベースの刺激の強い香辛料で調理するのは、その為なのだろう。
力仕事に必要なスタミナを得る為、タンパク質が豊富な肉や卵などは欠かせないが、食のバランスを考えて野菜も取り入れる。
トルティーヤを乾燥させたチップスは、前の日の残り物を入れて、量をかさ増ししたかったのかもしれない。
古代人から受け継がれた知識と、時代と共に創意工夫が成されたことが読み取れる一品だ。
一呼吸置いてから用意していた言葉を言う。
「うん、リコ……これはリコです」
それを聞いて父のアティリオや祖母のアマリアは満足そうな笑顔を見せる。
アティリオは俺の感想に対して、格が一つ上の表現を教えてくれた。
「そうか、そうか! それなら、ケ・リコ! と言うんだ。『ウマ過ぎる!』や『死ぬほどウマイ!』と言う意味になるぞ」
「なるほど。ケ・リコ!」
そして、再びジュースを口に流し込む。
「や、やっぱり辛い!?」
暗号を使うように何故か、俺を間に挟んでアティリオとアマリアの親子はスペイン語で会話を始めた。
「エイ、アティリオ? プエド、テネール、ア、エステ、ニーニョ、コモ、マスコッタ?(ねぇ、アティリオ? この子、ペットにしていい?)」
「ママ!? キエレス、オトラ、マスコッタ?(お袋!? またペットが欲しいのか?)」
一体、なんの話をしているんだ?
セニョール・アティリオは食事中の雑談として、俺に今後の見通しを聞いた。
「ハポネス。俺の仕事は夜から始めるが、それまでの間、お前はどうする?」
夜の仕事というのは病院で説明した、例の民間救急車の件だろう。
「まず、日本大使館へ行き、そこで帰国の手続きを考えています。ただ、今の俺は身分を証明する物がないので、まともに手続きができるかわかりません」
「ふむ。その辺は俺の家でしばらく泊まればいいから、気長にやればいいだろう」
「とはいえ大使館の場所もわからなければ、スマホもないのでナビは使えない。地図を買おうにも金は無いしスペイン語は話せない。思うように進まないです」
先細る俺の声を聞いたセニョール・アティリオは、豪快に笑った後に話した。
「ヌハハハ! そんなに気をもむな? 大使館には俺が付き添いで行ってやる。おまけに街のツアーガイド付きだ!」
それを聞いた娘のアルセリアが射貫くような眼光で止めに入る。
「パパ。自分の顔を鏡で見てから言って」




